生物学において,同一の遺伝資質をもった個体群を指す用語。現在では細胞や遺伝子についても一群のコピーをいう場合に用いられる。クローンとは,元来はギリシア語klōnで〈小枝〉という意味である。1本の木から出る小枝は,なん本あっても遺伝的に同じ資質をもっていることから,ウェッバーH.J.Webberが初めてこの語を上のような生物学的意味をもつものとして使った(1903)のに始まる。
自然界において,無性生殖(栄養生殖)によって作られる一群の子孫の生物個体は,すべて同じ遺伝資質をもったコピーであって,クローンである。この場合のクローンには栄養系という訳語が用いられることもある。有性生殖を営む生物の場合では,まれに生ずる一卵性の多生児はクローンであるが,それ以外にはクローンは自然界ではきわめてまれにしか実在しない。いわば,有性生殖は自然界においてクローンの作られることを禁止しているのである。しかし,自然では有性生殖を営む生物にでも実験によってクローンを作ることができる。植物では,ごく小さな組織片や,1個の細胞を増やすとそれぞれが一つのりっぱな植物個体を作る。したがって,一つの植物体から,いくつもの組織片や細胞をとり,それぞれを個体に育て上げることによってクローンを作ることができる。これと同じような実験は動物では成功しない。動物では,ごく若い胚を二分,四分すると,それぞれが個体に発生できる場合があるが,こうして作られた個体はクローンである。また,一つの個体の細胞の核だけを抜きとり,その一つ一つを受精卵の核と置き換えたのちに発生させて,もとの核をとってきた個体と同じ遺伝資質をもったクローンを作ることが,カエルやいくらかの哺乳類で成功している。
クローン個体を作る実験は,生物の発生のしくみを理解するうえで重要な意義をもっている。また,この実験によって,ある特定な遺伝資質をもった個体を多数作りだせることになるので,生物生産の面での利用もある。しかし,応用面への利用は植物の場合で期待されるが,動物についてはなお効率は低い。
クローンを細胞集団についていう場合は,1個の細胞の増殖によって作られてきたものについていう。試験管の中で1個の細胞を培養し,これを増殖させて得られたクローン細胞集団は医学・生物学の種々な問題を研究するために広く用いられている。一方,現在では,多くの腫瘍,癌はクローン細胞集団と考えられているが,これは,元来はただ1個だけの細胞が癌化へ変化し,それが増えて作られたもの,という意味である。
クローンという語は,遺伝子についても使われる。どのような生物種からでも,ある特定の遺伝子だけを分離し,プラスミドと結合させ,大腸菌などの微生物に取り込ませることができる。取り込まれた遺伝子は,宿主の微生物の速やかな増殖につれて,同じようにどんどん増えてゆくので,この特定の遺伝子のコピーがいくらでも作れる。これをクローン化された遺伝子と呼ぶ。この技術を用いたものが遺伝子工学で,基礎的研究,応用面にひじょうな効力を発揮するものと思われる。
→遺伝子工学
執筆者:岡田 節人
1996年にイギリスのイアン・ウィルムットらは〈ドリー〉と名付けられたクローン羊をつくりだすことに成功した(論文発表は97年2月)。これはメス羊の未受精卵の核を除去し,別のメスの乳腺細胞の核を移植することによって生まれたもので,ドリーはメス羊とまったく同じ遺伝子をもつところから,クローン人間の可能性とそれがはらむ倫理的問題をめぐって大きな議論を呼んだ。畜産業においては若い胚の細胞を分割してクローン牛(この場合遺伝子は父親と母親から半分ずつ受け継いでおり,親とはクローンではない)をつくる技術はすでに確立しているが,親の細胞からとった核での真の意味でのクローン動物の誕生は画期的なものといえる。哺乳類では一般に大人の細胞の核は分化をとげているため,卵のなかでうまく働かせることができないが,この実験では,移植する細胞の核に〈初期化〉と呼ばれる処置を施すことによって困難を克服した。その後,日本でもこの手法を用いた同様のクローン牛の誕生が報告されている。
執筆者:編集部
タイ語で運河水路を意味する。もともとクローンはモン語の〈道〉〈路〉を意味する語に起源すると考えられ,タイ語になって,河川に結合する自然の,また人工的な水路を意味するようになった。タイ中部で話される標準タイ語(シャム語)においてのみ使われ,北部や東北部などの方言(ラオ系諸語)では使用されない。中部タイの住民の間では,クローンは近隣の人々と交際する日常の通路であり,また舟運の行きかう交易路でもある。クローンはさらにその近くに住む住民にとって洗濯場であり,水浴場であり,乾季においては飲料水としてその水は利用される。中部タイのクローンの利用および開削は,アユタヤ朝(1350-1767)からラタナコーシン朝初期(1782-1868)にかけて大規模に進展した。それらの多くのクローンは,アユタヤからバンコク,さらに海岸にかけてのメナム川(チャオプラヤー川)の蛇行する水路を短縮するために開削されたものであり,水路交通の合理化をはかるものであった。河川の蛇行する部分を短縮する運河はクローン・ラット(短絡運河)と呼ばれる。このようなクローンの建設は,まず何よりもタイ王室独占貿易の拡大のための基礎的事業であった。これらのクローンの開削のためには膨大な数の徭役農民の労働力が投入された。
クローンのもつ意味は,19世紀後半において変化してくる。西欧植民地勢力のアジアへの進出によって,タイは世界資本主義体制の一環に組みこまれ,米輸出経済のもとに再編成される。メナム川のデルタは輸出米生産のための穀倉地帯に変化していき,クローンの機能も大きく変わる。この時期以降,多くのクローンは,輸出米生産のための耕地拡大をめざす灌漑用水路として,また荒蕪地開拓への通路として開削されることになる。デルタの下流部においては,王族,官僚貴族による大規模なクローンの開削が展開し,その沿岸には彼らの大土地所有が実現していった。これらのクローン開削による新田開拓の最大のものは,パトゥムターニー県を中心とするランシット運河体系で,多くの王族や中国人,西欧人が関与していた。ランシット運河地域を含むデルタ下流部においては,今日にいたるまで,地主・小作間の争いが絶えない。
執筆者:田辺 繁治
フィンランドの民俗学者。フィンランド民俗学の創始者ともいうべき父ユリウス・クローンJulius Krohn(1835-88)のあとをうけて,民族叙事詩《カレワラ》研究に一時期を画し,父の創出した〈歴史・地理学的方法論〉を昔話研究を通して確立,弟子のアールネと共にフィンランド学派の評価をゆるぎのないものにした。ヘルシンキ大学最初の民俗学担当講師に任ぜられ,やがてフィンランド民俗学および比較民俗学,フィンランド語,フィンランド文学の教授を永年つとめ,研究のかたわら,すぐれた教師として広い分野にわたって有能な後継者を育成し,フィンランド学派の方法論と学風を浸透させた。1907年,彼を中心に設立された民俗学研究者連盟の会報は《F.F.C.(Folklore Fellows Communication)》の名をもって,世界各地の研究者たちのあいだでの資料の交換や研究成果の発表の場として,標題通りの役割を果たしている。
執筆者:菊川 丞
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同じ遺伝組成をもった細胞または個体の集団。クローンをつくるための繁殖法はつねに非交雑的であるから、これを分枝系または栄養系ともいう。植物の1個体から挿木や取木などによって栄養繁殖的に生じた個体集団を元来クローンとよんだが、動物においても組織培養で1個の細胞から生じた細胞集団を、また菌類や細菌類でも単胞子培養で得られた細胞集団をクローンという。クローンによって得られた細胞または個体集団は、交配による遺伝子の交換がおこっていないので、突然変異がおこらない限り遺伝子型も表現型も一定に保たれている。植物では品種の保存管理によく利用されている。1987年にはアメリカで哺乳(ほにゅう)動物(ウシ)の受精卵を取り出し、機械的に個々の細胞に分割し、各分割卵を発育させてクローンをつくることに成功、1996年にはイギリスで体細胞利用によるクローン羊が誕生した。
[吉田俊秀]
フィンランドの女性小説家。大学で、文学、心理学、哲学を学び、その後、図書館員を経て執筆活動を開始する。代表的な小説『ウンブラ』Umbra(1990)では、医師ウンブラの日常の生活を通して、矛盾に満ちた現代社会をコミカルに描いている。現実を童話や寓話(ぐうわ)のように幻想的に描く魔(術)的リアリズムの手法で、フィンランド政府文学賞(1989)やフィンランディア文学賞(1993)などを受賞するなど国内外から高い評価を得ている。そのほかに、『タイナロン』Tainaron(1985)、『摩擦音』Rapina(1989)、『秘め事』Salaisuuksia(1992)、『木々は8月に何をするのか』Mitä puut tekevät elokuussa(2000)などの小説を著している。
[末延 淳]
(川口啓明 科学ジャーナリスト / 菊地昌子 科学ジャーナリスト / 2007年)
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…羽根のついた平たいボールを素手で打ち合うゲーム。ドイツのスポーツ教師クローンKarlhans Krohnが,1936年にブラジルの伝統的なゲーム〈ペテカpeteca〉にヒントを得て考案した。ペテカは,砂やおがくずを詰め込んだ円錐形の基体に大きな七面鳥の羽根3枚をつけて打ち合って遊ぶもの。…
…白大理石のフィンランディア・ホール(1971)は彼の優美な記念碑で,またヘルシンキ郊外のタピオラは田園都市計画の見本とされている。
[学術研究]
フィンランドでは民間伝承や民俗信仰に関する資料が全国で組織的に収集されていて,これに基づき民話を地理的・歴史的に比較考証してその原型と伝播経路を探究する民俗学的研究法がクローンにより打ち立てられた。またアールネの提起した昔話分類法は世界的に利用されている。…
…民俗学の一学派。フィンランドのユリウス・クローンJulius Krohnが民族叙事詩《カレワラ》の歌謡群の研究に採用した〈歴史・地理学的方法〉を,彼の子カールレ・クローンとその弟子アールネとが昔話の研究に適用して確立した方法論による一派で,またその学風をも指す。昔話研究の場合は,できる限り多くの類話を集めて,その地域的・年代的相違を比較研究しながら,原型,発生地,成立時期,伝播経路などをさぐって昔話の基本形式を求めることを目的とするが,カールレの弟子のなかでもU.ハルバやマンシッカV.J.Mansikkaなどは民間信仰や呪文の研究に応用して成果をあげた。…
…普通の受精に頼らないで,無性生殖の形でたくさん作られる子孫のこと。分枝系,クローンともいう。このような繁殖のしかたを栄養繁殖という。…
※「クローン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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