コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ケイ ケイ Kaye, Nora

15件 の用語解説(ケイの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ケイ
ケイ
Kaye, Nora

[生]1920.1.17. ニューヨーク
[没]1987.2.28. カリフォルニア,サンタモニカ
アメリカバレリーナ。両親はロシア人で本姓 Koreff。メトロポリタン・オペラ・バレエ学校で M.フォーキンらに学び,ラジオ・シティー・ミュージック・ホールに出演。 1939年アメリカンバレエ・シアターに参加,42年 A.チューダーの『火の柱』に出演して好評を得,一躍頭角を現した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ケイ
ケイ
Key, Ellen

[生]1849.12.11. スモーランド,サンズホルム
[没]1926.4.25. アルバストク
スウェーデンの女流小説家,思想家。政治家を父に旧家に生れたが,不幸に見舞われ,1868年にストックホルムに移住。 78年以降,破産した家計を支えるために同市のウィットロック男女共学校の教師を 20年間つとめた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ケイ
ケイ
Key, Lieven de

[生]1560. ヘント
[没]1627. ハールレム
ネーデルラントの建築家。 1580~93年,宗教的迫害のためイギリスに亡命,石工として働き,帰国後ハールレムの代表的建築家となる。おもな作品は,ライデン市庁舎正面 (1597) ,ハールレムの肉市場 (1602~03) ,ハールレム新聖堂の西塔 (13) など。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ケイ
ケイ
Kaye, Danny

[生]1913.1.18. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]1987.3.3. カリフォルニア,ロサンゼルス
アメリカ合衆国の俳優兼コメディアン。本名 David Daniel Kaminsky。ウクライナからの移民の家庭に生まれ,1930年代はコメディアンとして全米各地のホテルナイトクラブを回った。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

ケイ
ケイ
Kay, John

[生]1704.7.16. イギリス,ベリー近郊
[没]1764?. フランス
イギリスの機械工,技師。自動織機発明への重要な一歩となる飛杼(とびひ)の発明者。若くして父親が経営する毛織物工場の管理を任され,整経や梳毛(そもう)などの機械に多くの改良を施した。1733年,飛杼を利用した毛織物の新機構を発明し,特許を取得。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ケイ(Ellen Karolina Sofia Key)

[1849~1926]スウェーデンの婦人思想家・教育家。母性尊重・家庭教育重視の立場から社会問題を論じ、婦人運動の先駆的役割を果たした。著「恋愛と結婚」「児童の世紀」など。エレン=ケイ。

ケイ(John Kay)

[1704~1764]英国の発明家。飛び杼(ひ)を発明、織布工程の能率増進に貢献した。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ケイ

英国の発明家。ランカシャーに生まれ,織布工として働きつつ織機の改良に当たり,1733年飛杼(とびひ)を組みこんだ織機の特許を取得。高能率のこの装置の普及につれ,失業を恐れた織工が暴動を起こし,また資本家が使用料を払わなかったことも加わって,フランスに渡り不遇のうちに死んだ。
→関連項目産業革命バッタン

ケイ

スウェーデンの女性解放論者。自由恋愛による結婚と離婚の正当性を説いた《生命線(恋愛と結婚)》(1903年―1906年)は恋愛論の古典の一つ。また女性解放において〈母性〉の尊重を強調し,母性を保護するために国家は母親に給付金を与えるべきと主張した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル大辞泉プラスの解説

ケイ

スズキが1998年から2009年まで製造、販売していた軽自動車。3、5ドアハッチバック。

出典|小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ケイ【Ellen Key】

1849‐1926
スウェーデンの女流思想家・教育者。スモーランド州の名門に生まれ,自由で高尚な雰囲気の家庭で育った。19世紀末から20世紀初頭にかけてスウェーデンの経済構造の急激な変化の過程で,とくに婦人と子どもの生活に深い関心をよせ,教育論,結婚論,婦人運動論を展開した。主著の一つ《児童の世紀》(1900)は,20世紀が子どものための世紀にならなければならない,と宣言して世界の新教育運動に思想的指針を与えた。日本でも1906年に大村仁太郎ドイツ語版から,16年には原田実が英語版から訳出して,大正期の児童中心主義的立場に立った教育改造運動に大きな影響を与えた。

ケイ【John Kay】

1704‐64
イギリス,ランカシャーのベリー生れの織布工で,飛杼(とびひ)flying shuttleの発明者。ケイははじめ毛織業に従事する織布工であったが,織機の部品製造も行い,1730年には毛糸の梳毛(そもう)・粗紡の新方式を発明するなど機械工でもあった。当時の織機は,横糸を通すには片手で杼を投げ,もう一方の手でそれを受け止めるものであり,広い布を織る場合は2人の人間がこの作業に必要であった。ケイは杼に車をつけ,すべり溝を動くようにし,布の両端に杼箱をすえた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ケイ【K・k】

ケー

ケイ【John Kay】

○ 〔Alan Curtis K.〕 (1940~ ) アメリカのコンピューター科学者。コンピューターはメディアであるという視点から研究を行い、パーソナル-コンピューター、ダイナブックなどの提唱者として知られている。
○ 〔John K.〕 (1704~1764) イギリスの織布工。飛杼とびひを発明した。

ケイ【Ellen Karolina Sofia Key】

1849~1926) スウェーデンの社会思想家。母性と児童の尊重を基軸に社会問題を論じ、特に日本の女性運動に大きな影響を与えた。著「恋愛と結婚」「児童の世紀」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のケイの言及

【カシア】より

…トンキンニッケイ(東京肉桂),ケイ(桂)ともいう。クスノキ科の常緑樹。…

【ニッケイ(肉桂)】より

…細い根を赤紙で束ねたものを〈にっき〉と称して,昔は子どもの菓子として駄菓子屋や縁日でよく売られていた。主成分はケイ(桂)皮アルデヒドで,ほかにタンニンを含む。 シナモン(セイロンニッケイ)C.verum J.Preslはインド南部,セイロンに分布する常緑小高木で,熱帯各地で栽培される。…

【児童福祉】より

…児童が人として尊重され,物心両面における健全な環境のもとで養育され,健やかな成長が保障されることを理念とした児童福祉が日本の社会福祉政策の一環として確立したのは第2次大戦後のことである。 スウェーデンの女流思想家エレン・ケイは,1900年に《児童の世紀》を著し,婦人の地位向上は女権解放でなく母性の実現にあるとして,健全な母性のあり方に深くかかわる児童の健やかな発達に世界の未来がかかっていることを説き,児童福祉,児童教育界に大いなる影響を与えた。日本では第2次大戦前までは児童に固有の人権があるという考えに乏しく,忠・孝の倫理によってその個人としての発達を抑制されていたといってよい。…

【女性史】より

…フランスの空想的社会主義者フーリエは《四運動の理論》(1808)で,社会の進歩と女性の解放は比例するといい,イギリスの功利主義者ジョン・スチュアート・ミルは《女性の隷従》(1869)で,奴隷制から自由な社会へという人類史の延長線上に女性解放をおこうとした。《恋愛と結婚》(1903)を書いたスウェーデンのE.ケイは,歴史は恋愛と結婚の自由に向かって進んできたとする立場から女性解放の方向性を示した。マルクスとともに史的唯物論を樹立したエンゲルスは,ルイス・モーガンの《古代社会》(1877)の人類学的成果をとりいれ,《家族,私有財産,国家の起源》(1884)において,性差別の起源は人類初期の段階で母権制が私有財産に基礎をおく父権制に取って代わられたことにあるとし,私有財産が廃棄される未来社会で女性は解放されると説いた。…

【織機】より

…1801年から04年にかけてフランスのJ.M.ジャカールは彼らの装置を改造,さらに発展させ,今日のジャカードの基本技術を作りあげた。一方,イギリスでは1733年,ケイJohn Kay(1704‐64)が飛杼装置を発明し,力織機発明の端緒を作った。これは,ひもを引くことにより杼箱の中からシャットルをはじきだすもので,緯入れ,緯打ちの能率は飛躍的に増大した(日本ではこの装置をバッタンと呼ぶ)。…

【織機】より

…1801年から04年にかけてフランスのJ.M.ジャカールは彼らの装置を改造,さらに発展させ,今日のジャカードの基本技術を作りあげた。一方,イギリスでは1733年,ケイJohn Kay(1704‐64)が飛杼装置を発明し,力織機発明の端緒を作った。これは,ひもを引くことにより杼箱の中からシャットルをはじきだすもので,緯入れ,緯打ちの能率は飛躍的に増大した(日本ではこの装置をバッタンと呼ぶ)。…

【綿織物業】より

…ところが18世紀後半以後,イギリスで綿織物をつくるための種々の機械がつぎつぎと発明され,綿織物生産は飛躍的に増大するとともに,綿織物工業は産業革命の重要な担い手ともなった。すなわち1733年のJ.ケイの飛杼(とびひ)の発明に始まった織機の改良は,64年J.ハーグリーブズの数個の紡錘をもつ多軸紡績機の発明,68年のR.アークライトによる水力紡績機の発明,さらに85年E.カートライトの蒸気機関を利用した力織機まで続き,綿織物工業は産業革命期のイギリスにおいて飛躍的な発展をとげた。 その後,綿織物工業はイギリスから他のヨーロッパ諸国,そしてアメリカに普及し,とくに19世紀末あたりからはアメリカ南部の綿花地帯に盛んになっていった。…

※「ケイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ケイの関連キーワード自然淘汰スキー八雲愛人松柏砂山チェリーなんか花菱ぶうぶう

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ケイの関連情報