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コルベ Colbe, Maximilian Maria

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コルベ
Colbe, Maximilian Maria

[生]1894.1.7. ウージィ近郊
[没]1941.8.14. オシフィエンチム
ポーランド人カトリック司祭,宣教師。 1910年コンベントゥアル会に入り,18年司祭,30年からは宣教師として長崎,東京などで活躍。ローマでの神学修学時代の 11年にみずから創刊した『聖母騎士』誌の日本語版を刊行。 36年,ポーランドに帰国後も同誌のポーランド語版,その他の出版物の刊行を通じて信仰の興起に努めたが,第2次世界大戦の勃発とともにナチスに捕えられ (1939,41再逮捕) ,オシフィエンチム (アウシュウィッツ) 収容所に移された。同所において餓死刑に定められた囚人身代りを申出て死んだ。その献身と英雄的犠牲の生涯によって与えた感化は大きく,71年カトリック教会の福者,82年 10月聖人に列せられた。祝日は8月 14日。

コルベ
Kolbe, Adolph Wilhelm Hermann

[生]1818.9.27. エリーハウゼン
[没]1884.11.25. ライプチヒ
ドイツの有機化学者。ゲッティンゲン大学の F.ウェーラーのもとで化学を学び,マールブルク大学の R.W.E.ブンゼンの助手 (1842) ,ロンドンで L.プレイフェアの助手 (45) を経て,マールブルク大学教授 (51) 。 1865年ライプチヒに移る。一連の置換反応によって無機物質から有機化合物を合成しうると信じ,43~45年にかけて,実際に二硫化炭素から酢酸の合成に成功。また構造遊離基の概念を発展させ,有機化学構造論に寄与したほか,第二アルコール,第三アルコールの存在を理論的に予言した。さらにコルベ電解を考案し,カルボン酸から炭化水素化合物を合成した。また,二酸化炭素とナトリウムフェノキシドからサリチル酸の生成に成功。 69年からは『実験化学雑誌』 Journal für praktische Chemieの編集責任者としても活躍した。

コルベ
Kolbe, Georg

[生]1877.4.13. ザクセンワルトハイム
[没]1945.11.15. ベルリン
ドイツの彫刻家。画家として出発したが,1898年フランス,ローマを旅行し,ロダンに出会って強い影響を受け彫刻に転じた。 1903年ベルリンに定住。 13年ギリシア,エジプトを旅行。ブロンズ制作を好み,主として激しい動きの人物像を制作したが,出発点となったロダンとは対照的な J.ヒルデブラントの古典主義的作風,マイヨールの作風をも吸収し,節度と優美さを保持した。主要作品は 10点をこえる公共記念碑,『バッハ胸像』 (1903,ライプチヒ美術館) ,『悲嘆』 (21,ニューヨーク近代美術館) ,『アスンタ』 (21,デトロイト美術館) など。

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デジタル大辞泉の解説

コルベ(Maksymilian Kolbe)

[1894~1941]ポーランドのフランシスコ修道会士。1930年(昭和5)来日し、長崎に養護施設「聖母の騎士園」を設立。帰国後、アウシュビッツ収容所で、処刑者の身代わりとなり餓死刑を受けて死亡。82年、聖人に列せられた。

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百科事典マイペディアの解説

コルベ

ドイツの有機化学者。ウェーラーに学び,マールブルク大学ブンゼンの助手を務め,1851年同大学教授,1865年ライプチヒ大学教授。有機化合物の構造について基型説を提唱し,有機化学理論の発展に貢献。

コルベ

ドイツの彫刻家。ザクセンのワルトハイム生れ。初め画家を志したが,彫刻に転じ,マイヨール,A.v.ヒルデブラントの影響を受け,調和と運動感に満ちた人像彫刻を多く制作した。

コルベ

ポーランドのカトリック司祭。〈無原罪の聖母の騎士〉布教運動を始める。1930年−1936年には長崎で活動。1941年ナチスのアウシュビッツ強制収容所に捕らわれていたとき,死刑囚の身代りになって殉教

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

コルベ Kolbe, Maximilianus Maria

1894-1941 ポーランドの司祭。
1894年1月8日生まれ。1917年無原罪の聖母の騎士会を創立。昭和5年(1930)ゼノ神父らと長崎に来航,「聖母の騎士」誌を創刊。11年帰国。ナチスに逮捕され,アウシュビッツ収容所で死刑判決をうけた男の身代わりとなり餓死刑に処せられ,1941年8月14日死去。47歳。1982年列聖。グレゴリアナ大(ローマ)卒。

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世界大百科事典 第2版の解説

コルベ【Adolph Wilhelm Hermann Kolbe】

1818‐84
ドイツの有機化学者。F.ウェーラーの門に学び,R.W.ブンゼンの助手となる。マールブルク大学教授を経て,1865年にライプチヒ大学教授に就任した。はじめて明確な無機物質から有機物質〈酢酸〉の合成に成功した。炭酸を基本におき,有機化合物を系統化する独自の理論を展開し,第二・第三アルコールの存在を予測した。彼による脂肪酸塩の電解,サリチル酸の合成はコルベ=シュミット反応として知られている。教育者としてもすぐれていたが,辛辣な批評家でもあり,F.A.ケクレの構造式などに激しく反対した。

コルベ【Maximilian Kolbe】

1894‐1941
ポーランドのカトリック司祭,宣教師,殉教者。ズドゥニスカ・ボーラに生まれ,1907年コンベンツァル聖フランシスコ修道会に入り,ローマで勉学。司祭になって帰国後,出版を通じて積極的に布教することをめざす〈無原罪の聖母の騎士〉運動を始め,30年来日し36年まで長崎で活動。41年アウシュビッツで餓死刑に定められた囚人の身代りになって殉教。71年列福,82年列聖された。【稲垣 良典】

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大辞林 第三版の解説

コルベ【Maksymilian Kolbe】

1894~1941) ポーランド出身のフランシスコ修道会士。1930年(昭和5)ゼノ神父らと来日、長崎に養護施設を設立。帰国後、アウシュビッツ収容所で餓死刑の囚人の身代わりとなって殉教。82年聖人に列せられる。

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