改訂新版 世界大百科事典 「サラフィーヤ」の意味・わかりやすい解説
サラフィーヤ
salafīya
近代のイスラム改革の思想・運動を貫く主要な潮流。一般に祖先を意味するサラフsalafは,ここでは預言者ムハンマドの教友(サハーバ),あるいは成立期ウンマを支えた人々を指す。そこでサラフィーヤ(サラフ主義)とは,ビドア(後世の逸脱,歪曲)を排して初期イスラムの原則や精神の回復を目ざす立場をいう。それが単なる復古主義でないのは,回帰すべき原点,純化されるべき伝統がそもそも何であるかを,厳しく問うものだからである。イスラムの〈現状〉を衰退・堕落として批判し,状況を打開・是正するタジャッドゥドtajaddud(復古=革新)が課題として自覚され,タクリードtaqlīd(過去の権威によって確立されたところにそのまま従うこと)にとらわれることなく,イジュティハードを再開することが求められる。この思想・運動の最も明確な出発点となったのは,ワッハーブ派であった。しかし,広く近代のイスラムにおける積極的な思想的営為には,常になんらかの形で,サラフィーヤ的志向が動機づけを与えていたといえる。インドのシャー・ワリー・ウッラーとムジャーヒディーン運動やファラーイジー運動,あるいは東南アジアのムハンマディーヤ運動においても同様といえよう。またイドリース派やサヌーシー派においても,さらにマフディー派においてさえ,それは妥当する。アフガーニーの政治的行動主義と結合したイスラム改革の要求も,サラフィーヤに支えられていた。サラフィーヤの思想の体系的展開は,ムハンマド・アブドゥフとラシード・リダーによって与えられた。サラフを預言者の教友にのみ限定せず,より広くスンナ派イスラム発展期の伝統のうちにこれを求め,アシュアリーやマートゥリーディーらもサラフだとしつつ,サラフの合理的精神に沿ってシャリーア(イスラム法)のリベラルで柔軟・斬新な再解釈を示そうとしたムハンマド・アブドゥフに対し,ラシード・リダーは師の思想を厳格な正統主義の方向に転換していった。こうして,これ以後のサラフィーヤの潮流は,現実に適合するようにイスラムを変えていこうとするモダニズム(近代主義)的傾向と,現実をイスラムによって正していこうとするファンダメンタリズム(原理主義)的傾向との,二つの対極の間で展開することになった。
執筆者:板垣 雄三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報