北インドのワーラーナシーの北6kmにあり,釈迦が初めて説法した聖地として四大仏跡の一つに数えられている。漢訳仏典では鹿野苑(ろくやおん)。発掘の結果,アショーカ王(前3世紀中葉)の頃から12世紀までの遺址と多数の彫刻が出土し,ダルマラージカー塔と根本精舎を中心にグプタ時代に最も栄えたことが明らかになった。また東方に現存するダーメーク塔は,高さ約42m,基部の直径約28mあり,グプタ時代の貴重な例である。出土品の多くは遺跡の南にある考古博物館に収められている。入口正面にあるアショーカ王石柱のライオン柱頭は,同種の柱頭彫刻のうち最も壮麗で保存もよい。4頭背中合せのライオンも,円形の頂板の側面に浮彫された動物も,洗練された技法で自然に表現されている。その左手にある雄偉な仏立像は,カニシカ王3年の紀年銘をもち,マトゥラーで制作された初期の礼拝像の代表作である。当地の石彫は5世紀後期に急速に発展し,優美にして華麗な作品を生んだ。体に密着した衣に襞を表さないのを顕著な特色とするサールナート派の作風は,インド各地に多大の影響を及ぼした。グプタ紀元154年(西暦473),同157年の銘をもつ2体の仏立像はこの派の数少ない基準作。インドの仏像の中でも最も優美にして華麗であると称賛されている5世紀末期の転法輪印仏座像は,円満かつ静寂の境地を具現し,インド古典文化の絶頂期にふさわしい最も完成された作風を示している。
執筆者:肥塚 隆
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インド北部、ワーラーナシ(ベナレス)市郊外にある仏教遺跡。サールナートはシャーランガ・ナータという菩薩(ぼさつ)名の転訛(てんか)といわれ、漢訳仏典の鹿野苑(ろくやおん)のことで、鹿(しか)が多く住んでいたのにちなんで名づけられたものと思われる。ここは、ブッダガヤで釈尊が成道(じょうどう)して最初に訪れ、5人の比丘(びく)に説法した所、つまり初転法輪(しょてんぼうりん)の地として名高い。今日ではダメーク・ストゥーパ(高さ43.6メートル)をはじめグプタ朝の僧院址(し)が発掘されたままの状態で残り、遺跡に隣接した博物館にはアショカ王建立の柱頭ライオン像や、グプタ朝の初転法輪を表した有名な仏陀(ぶっだ)像をはじめ、多くの石像が陳列されている。また1931年に建立された寺院には日本の野生司香雪(のうすこうせつ)(1885―1982)の筆になる仏伝の壁画がある。
[永井信一]
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インド北部の仏教遺跡。ヴァーラーナシーの近くにあり,ブッダが悟りを開いたのち最初に説教した地。20世紀に古代の大僧院の跡が発掘され,グプタ朝期に建立されたダメーク・ストゥーパは特に壮大である。またアショーカの石柱と獅子柱頭も発見された。
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…古代後期は,グプタ朝の繁栄を背景にインド古典文化が高揚し,造形美術の面でも古典様式の完成をみた時期である。仏教美術では仏像制作に重点がおかれ,マトゥラーとサールナートとの二大工房において,高い精神性をそなえた理想美の典型ともいうべき仏像が成立した。一時停滞していた西インドの石窟造営は5世紀後期から再び盛んになり,壁画や彫刻で華麗に飾られたアジャンターその他の石窟が出現した。…
…しかし,その目的はほぼ共通していて,善を積み穢をぬぐいはらうこと,現世的な御利益を願うことの二つである。巡礼の対象となる聖地は,河川・海など水に臨むところ(ガンガー(ガンジス),ヤムナー両川の交わるプラヤーガ,すなわち現アラーハーバード),山岳・森林など人里離れたところ(ヒマラヤ山中のバドリーナートBadrīnāth),宗教・宗派の神・先師のゆかりの地(釈迦がはじめて法を説いたサールナート)などである。巡礼は個人や家族単位でも行われるが,居住地域や職場の有志のグループ,特定の教団の信徒団体などにより集団的に行われる場合も多く,現今ではバスを借りきり,特別列車を仕立てることも多い。…
※「サールナート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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