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シェーレ Scheele, Karl Wilhelm

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シェーレ
Scheele, Karl Wilhelm

[生]1742.12.9. ポモージェシュトラルズント
[没]1786.5.21. チェーピング
スウェーデンの実験化学者。 1756年エーテボリの薬局で徒弟修業を始める。以来,稼業にいそしむかたわら研究に励む。ウプサラ大学教授 T.O.ベリマンに師事し,スウェーデンはもとよりドイツ,イギリスの大学から教授に招かれるが,生涯薬局の経営と一研究者という立場を貫いた。ストックホルム王立科学アカデミー会員 (1775) 。多くの新物質を独自に発見したことで知られる。有機化合物では酒石酸クエン酸安息香酸シュウ酸,甘没食子酸,乳酸尿酸など,無機化合物ではモリブデン酸,亜ヒ酸銅タングステン酸カルシウムなど,元素としては塩素マンガン,バリウム,モリブデン,タングステン窒素酸素などがある。特に酸素については J.プリーストリーの発見に約2年先立っていたが,発表が遅れたため,シェーレの発見とされていない。シェーレの発見にはこのような例が少くない。

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デジタル大辞泉の解説

シェーレ(Karl Wilhelm Scheele)

[1742~1786]スウェーデンの化学者。酸素塩素バリタ弗化(ふっか)水素シアン化水素などの発見、酒石酸安息香酸などの単離骨灰からの燐(りん)の製造など多くの業績がある。

シェーレ(〈ドイツ〉Schere)

手術用のはさみ。
鋏状(はさみじょう)価格差

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百科事典マイペディアの解説

シェーレ

スウェーデンの化学者。14歳の時から薬剤師として働き,かたわら化学実験を行った。酸素(J.プリーストリーより遅れて1777年に発表),塩素(1774年),アンモニアのほか,塩酸,亜ヒ酸,乳酸,酒石酸など多くの無機酸有機酸を発見。

シェーレ

鋏状(きょうじょう‖はさみじょう)価格差と訳される。ドイツ語のシェーレ(鋏)に由来。生産・販売の独占力を持つ産業と持たない産業で価格差が次第に拡大して鋏状に開いて発展する現象。
→関連項目農業

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世界大百科事典 第2版の解説

シェーレ【Schere[ドイツ]】

鋏(はさみ)状価格差と訳される。〈シェーレ〉は〈鋏〉という意味であるが,経済学の用語として用いられるときにはつぎのような意味をもつ。資本主義経済の発展に伴って,価格決定のメカニズムが独占的な産業と競争的な産業とについて,本質的に異なる面をもち,その価格差が増大する傾向をもつ。その形状が鋏状に図示されることからこの名がつけられた。シェーレ現象は一般に,このような価格差の増大を指すが,ときとしては,工業製品と農産物との間の価格差がとくに,不況期ないしは不況からの回復期において拡大することを意味することもある。

シェーレ【Karl Wilhelm Scheele】

1742‐86
スウェーデンの化学者。シュトラールズント(現,ドイツ領)の商人の家に生まれた。14歳で薬局の徒弟となって化学を独学し,ストックホルム,ウプサラで薬局に勤めつつ化学実験にうちこんだ。1772年ころはじめて酸素ガスをつくり,それが燃焼を支える空気の成分であることを明らかにしたが,著書《空気と火に関する化学論文》(1777)の出版が遅れたために酸素発見の栄誉はJ.プリーストリーに譲ることになった。74年軟マンガン鉱の研究において塩素,マンガン,バリタ水(水酸化バリウム)を発見したほか,硫化水素フッ化水素,青酸,ヒ酸,グリセリン,酒石酸,シュウ酸,クエン酸,モリブデン,酸化タングステンなど多数の化学物質を発見,また骨灰からリンの製出,銀塩に対する光の作用の研究,石墨が炭素であることを明らかにするなど,多くの業績を残した。

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大辞林 第三版の解説

シェーレ【Karl Wilhelm Scheele】

1742~1786) スウェーデンの化学者。酸素・塩素・アンモニアなどの発見のほか、酒石酸・乳酸など種々の有機物の単離に成功、物質発見史上多くの業績を残す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シェーレ
しぇーれ
Karl Wilhelm Scheele
(1742―1786)

ドイツ系スウェーデンの薬学者、化学者。生誕地シュトラルズントは現在はドイツにあるが、当時はスウェーデンに属していた。年少のころから薬学に興味を覚え、それを一生の仕事とするため、14歳で学校を終えたのち、イョーテボリにある薬局で見習いを始めた。8年ほど勤めたのち、この地を去って各地を放浪し、ストックホルム、ウプサラにもしばらく滞在した。大学は出ていなかったが、もっぱら見習いで鍛えた優秀な腕を駆使して、両地滞在中に新しい物質を次々と発見した。それらの重要な発見が認められて、1775年にスウェーデン科学アカデミーの会員に選ばれた。同年チェピングという小さな町の薬局を任されることになり、以後、死ぬまでここを離れなかった。
 彼の発見したものに、亜硝酸、フッ化水素(フッ化ケイ素酸との混合物ではあったが)、塩素、尿酸、乳酸、青酸、グリセリン(グリセロール)、その他多くのものがある。しかし当時はまだ元素の概念も確立しておらず、彼の仕事は単に新物質をつきとめたにとどまる。同じことが彼の酸素の発見についてもいえる。プリーストリーは、気体酸素(彼は「脱フロギストン空気」とよんだ)を1774年に得たが、シェーレはそれより早く、ウプサラ滞在中、1771年ごろには得ていたと考えられる。これは、酸化水銀、炭酸銀、硝酸マグネシウム、硝石などを熱するか、あるいは二酸化マンガンをヒ酸または硫酸とともに加熱して得られたようである。この気体が燃焼を支え動物の呼吸を助けることから、これを「火の空気」とよんだ。彼の唯一の著作『空気と火についての化学教程』は、1777年になるまで出版されなかったため、彼の発見が外国に知られるのが遅れた。また彼は、当時の燃焼理論であった、燃焼とは燃素の遊離だとするフロギストン説を捨てなかった。[吉田 晃]

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世界大百科事典内のシェーレの言及

【塩素】より

…ハロゲン元素の中では最も早く単体が分離された元素である。1774年スウェーデンのK.W.シェーレが,塩酸と軟マンガン鉱を反応させてとり出し,〈フロギストンを除いた塩酸〉と報告したのが初めで,その後1810年イギリスのH.デービーによって元素であることが主張された。単体の塩素気体が黄緑色であることから,ギリシア語のchlōros(黄緑色)にちなんで命名された。…

【グリセリン】より

…油脂(脂肪酸グリセリド)の成分として広く自然界に存在する。1779年K.W.シェーレによってオリーブ油の加水分解産物中から発見された。融点17.9℃,沸点290℃(760mmHg),154℃(5mmHg)。…

【酸素】より

フロギストン説の強力な支持者であったプリーストリーはこの新気体を〈脱フロギストン空気〉と名づけたが,これは,燃焼を支えなくなった空気は完全にフロギストンで満たされてしまったものと考えたことから命名されたものである。それと同じころスウェーデンのK.W.シェーレも,硝石を強く加熱するか軟マンガン鉱を濃硫酸で処理して得られる気体を〈火の空気〉と名づけていた。これが現在の酸素であり,プリーストリーとシェーレが酸素の発見者であるとされている。…

【尿酸】より

…加熱しても融解せず,400℃以上では分解。スウェーデンの化学者で,クエン酸をレモンから,また乳酸を牛乳から単離したK.W.シェーレが尿石中に発見(1776)。鳥類や陸生爬虫類,また双翅目(そうしもく)以上の昆虫類では窒素代謝の主要終末産物として排出され,グアノ中にも多量に含まれる。…

※「シェーレ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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