ヒドロキシカルボン酸の一つ。2,3-ジヒドロキシコハク酸ともいう。化学式はC4H6O6、分子量150.9である。ワインをつくる際に沈殿する酒石に含まれているので、この名が与えられた。2個の不斉(ふせい)炭素原子をもつが、それぞれの不斉炭素原子が同じ種類の置換基(H、OH、COOH)をもっているので、立体異性体は3種類しかない( )。すなわち、右旋性の(R,R)-酒石酸、左旋性の(S,S)-酒石酸、光学活性をもたない(R,S)-酒石酸である。(R,S)-酒石酸はメソ酒石酸ともよばれる。メソmeso異性体は「不斉炭素原子をもつが旋光性(光学活性)を示さない異性体」をさす名称である。メソ体では二つの不斉炭素原子に結合している3種の置換基がすべて正反対の位置にあって、分子が対称中心をもっているので旋光性を示さない。1974年にIUPAC暫定命名法が決まる以前は、(R,R)-酒石酸はL-酒石酸、(S,S)-酒石酸はD-酒石酸と命名されていて、現在でもDとLを使う命名法も使われている。(R,R)-酒石酸と(S,S)-酒石酸の等量混合物であるラセミ体は、光学活性をもたない別の結晶形をとり、ラセミ酸racemic acid(ブドウ酸)ともよばれる。「旋光性のない光学異性体等量混合物」をさして一般に使われている「ラセミ体」の語源はこのラセミ酸に由来する。
天然に存在するのは、(R,R)-酒石酸が主であり、遊離の酸、カルシウム塩およびカリウム塩として広く植物界に分布している。(R,R)-酒石酸は1769年スウェーデンのシェーレにより発見され、その後1822年にはラセミ体のブドウ酸が発見された。さらに1848年から1853年の間にフランスのパスツールが光学活性についての一連の研究を発表し、ラセミ体を光学分割すると、(R,R)-酒石酸のほかに天然に存在しない左旋性の(S,S)-酒石酸が得られることや、光学分割できないメソ酒石酸が存在することが知られた。
ブドウやワインに含まれていて、ワイン製造の際に得られる酒石は酒石酸水素カリウムを主成分とする。これを精製して(R,R)-酒石酸がつくられる。このほかにマレイン酸を原料とする製法が知られている。食品添加物として認められていて、清涼飲料水、果汁、キャンディー、ゼリー、ジャム、ソースなどの酸味料としてクエン酸、リンゴ酸などとともに用いられている。このほかに染料工業、写真、有機合成原料などに用いられる。
[廣田 穰・末沢裕子]
融点168~170℃、比重1.76、比旋光度+11.98°。水によく溶け、エタノール(エチルアルコール)にもかなり溶けるが、エーテルにはほとんど溶けない。加熱すると分解して、一酸化炭素、二酸化炭素、アセトン、酢酸、ピルビン酸などを生ずる。
比旋光度の符号が反対で、-11.98°である点を除くと、性質はL-酒石酸と同じである。
融点140℃、比重1.67(一水和物)。普通、一水和物として存在するが、加熱すると結晶水を失い無水和物となる。光学活性は示さない。
[廣田 穰・末沢裕子]
融点206℃、比重1.697(一水和物)。水から結晶させると一水和物が得られるが、加熱すると100℃ぐらいで結晶水を失い無水和物となる。光学活性は示さない。
[廣田 穰・末沢裕子]
2,3-dihydroxybutanedioic acid.C4H6O6(150.09).2個の不斉炭素原子をもち,右旋性のL-酒石酸(2R,3R)と,左旋性のD-酒石酸(2S,3S)とがある.これらの対掌体のラセミ化合物はブドウ酸ともいう.また,光学不活性なメソ酒石酸(2RS,3SR)も知られている.普通,単に酒石酸というときはL-酒石酸をさす.
【Ⅰ】L-酒石酸:天然には,遊離の酸あるいはカルシウム塩,カリウム塩,およびマグネシウム塩として,ブドウ,そのほか果実中に広く存在する.このものは酒石(tartar,ブドウ酒の発酵中にできる酒石酸水素カリウム)から製造されるのでこの名称がある.酒石から難溶性のカルシウム塩として取り出し,これを酸で分解すると生じる.無色の柱状結晶.融点170 ℃.1.7598.+12.0°(水).pK1 2.93,pK2 4.23.水100 g に対する溶解度は139 g(20 ℃),無水エタノールでは20.4 g(15 ℃).アセトンに可溶,クロロホルムに不溶.熱すると二酸化炭素,一酸化炭素を発生して炭化する.また,塩酸や希硫酸,あるいは30% 水酸化ナトリウム溶液と煮沸すると,DLおよびメソ酒石酸になる.清涼飲料水などの酸味剤,染色,めっきなどに用いられる.【Ⅱ】D-酒石酸:水溶液中で左旋性-12.0°(水)であるほか,物理的および化学的性質はL-酒石酸とまったく同じ.一部の植物中に存在する.ブドウ酸の分割によって得られる.【Ⅲ】ブドウ酸:ラセミ酸,パラ酒石酸ともいう.フマル酸を過マンガン酸カリウムで酸化するか,マンニトールを硝酸で酸化すると得られる.一水和物は10 ℃ で結晶水を失い無水物となり,206 ℃ で融解(分解)する.旋光性はない.水100 g に対する溶解度は20.6 g.カルシウム,ストロンチウムの定量試薬に用いられる.[CAS 133-37-9]【Ⅳ】メソ酒石酸:マレイン酸を過マンガン酸カリウムで酸化すると得られる.無水物は融点140 ℃.一水和物は板状結晶.1.666.水100 g に対する溶解度は125 g(20 ℃).pK1 3.11,pK2 4.80.水,塩酸と加熱するかアルカリと処理すると一部ブドウ酸になる.光学活性を示さない.水素カリウム塩は冷水にも溶けやすいので,ほかの異性体から容易に分離できる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
ジヒドロキシコハク酸とも呼ばれるカルボン酸。酒石酸は化学の発展に寄与した点でも,その歴史は興味深いものがある。以下にその足跡をたどってみる。
これといって大きな化学工業のなかった近代初期までの時代に,醸造業は化学の発展に大きなつながりをもっていた。ブドウ酒製造の際の副生物である酒石酸とその塩は,当時大量に純粋なものが得られる数少ない物質の一つであった。1769年,K.W.シェーレによってブドウ酒中からL-酒石酸(右旋性)が発見された。1822年化学工場の経営者ケストナーPaul Kestnerは,酒石酸塩の製造の際,副生物としてラセミ酸(ブドウ酸ともいう)を得た。ブドウ酸は1819年までシュウ酸と誤認されていたが,酒石酸の異性体であることがしだいに明らかになった。38年フランスの物理学者J.B.ビオは,酒石酸が右旋性,ブドウ酸が光学不活性であることを指摘した。48年L.パスツールは,酒石酸ナトリウムアンモニウム塩の微小結晶の半面像には右まわりのものと左まわりのものとがあるのに気づき,これを拡大鏡で観察しながらピンセットで選別するという骨の折れる作業によって両者を分割した。パスツールは,一方の結晶は右旋性(すなわち従来の酒石酸),他方は左旋性であり,両者の等量混合物は光学不活性であることを示し,ここに酒石酸とブドウ酸との関係を確立した。彼はさらにそれ自身光学不活性なメソ酒石酸を発見した。パスツールの時代には,これらの異性体の構造の間の関係はまったくわかっていなかったが,74年J.H.ファント・ホフとJ.A.ル・ベルが提案した炭素正四面体説によって酒石酸に立体異性が存在することは説明可能になった。残された問題は各酒石酸の絶対立体配置が二つの可能性のいずれであるか,であった。20世紀の半ばまで,酒石酸の立体配置は,糖類の立体配置との関連によって右旋性酒石酸はL系列に属するものとされた。図に酒石酸の各異性体の相対立体配置を示す。1951年バイフートJ.Bijvoetは,X線異常散乱を利用して酒石酸の絶対立体配置(用いたのは塩)の決定に成功した。幸いにして相対立体配置は絶対立体配置と一致した。したがって図は各酒石酸の絶対立体配置をも表す。
酒石酸は低分子生体物質で,高等植物の果実,糸状菌,地衣類中に遊離またはカリウム塩やカルシウム塩などとして存在する。グルコースの酸化によってグリコール酸とともに生体内で合成される。単に酒石酸というときはL-酒石酸をさす。医薬,清涼飲料水などに用いられるほか,各種遷移金属のマスキング剤として用いられる。
執筆者:竹内 敬人+柳田 充弘
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