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シャプリー Shapley, Harlow

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シャプリー
Shapley, Harlow

[生]1885.11.2. ミズーリナッシュビル
[没]1972.10.20. コロンビア,ボールダー
アメリカの天文学者。ミズーリ大学卒業 (1910) 後,1913年プリンストン大学で学位取得。カリフォルニアのウィルソン山天文台勤務 (14) ,ハーバード大学教授,ウィルソン山天文台台長 (21) 。ウィルソン山天文台の 100インチ (254cm) 反射望遠鏡を用いて球状星団を研究し,球状星団がほぼ,いて座を中心として球状に分布していることを発見。また,銀河系の形を明らかにするとともに,銀河系内の太陽系の位置をほぼ正しく見出した。二重星の各恒星の大きさを見出す方法を発展させ,ケフェウス型変光星が脈動星であることを明らかにした。主著『星団』 Star Clusters (30) ,『混沌からの飛躍』 Flights from Chaos (30) ,『星と人間』 Of Stars and Men (58) など。

シャプリー
Shapley, Lloyd

[生]1923.6.2. マサチューセッツ,ケンブリッジ
[没]2016.3.12. アリゾナ,トゥーソン
アメリカ合衆国の数学者,経済学者。フルネーム Lloyd Stowell Shapley。天文学者ハーロー・シャプリーの息子として生まれる。1943~45年アメリカ陸軍航空隊に所属,1948年にハーバード大学で学士号を取得,1948~49年ランド研究所の数学研究員として勤務する。1953年にプリンストン大学で博士号を取得,1954年にランド研究所に戻り 1981年まで勤めた。同 1981年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校の経済学と数学の教授となり,2001年に同名誉教授となった。ゲームの理論の一分野の協力ゲーム理論を研究テーマとし,その研究の中心は安定したマッチングを見出すための方法の開発にあった。理論の主要概念は 1950~60年代に生みだされ,1962年にアメリカの経済学者デービッド・ゲールとの共著論文『大学入学と結婚の安定性』で,ペアごとのマッチングの問題を数学理論を使って解く方法を編み出した。2012年に「安定配分理論とマーケットデザインの実践」に関する功績により,アルビン・E.ロスとともにノーベル経済学賞を受賞した。シャプリーの理論と実証的研究,およびロスのマーケットデザインへの応用を組み合わせることで,組織や個人にとって相互の利益となる効率的なマッチングを行ない,さまざまな市場で資源をよりよく配分することが可能になった。

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百科事典マイペディアの解説

シャプリー

米国の天文学者。1921年ハーバード大学天文台長。リービットが発見したケフェウス型変光星の周期‐光度曲線を発展させて絶対尺度をきめ,これを用いて球状星団の距離を決定,銀河系の構造を明らかにした。

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世界大百科事典 第2版の解説

シャプリー【Harlow Shapley】

1885‐1972
アメリカの天文学者。テネシー州ナッシュビルの農園に生まれ,ミズーリ大学,プリンストン大学に学んだ。1913年にプリンストン大学で仕上げた食連星の学位論文は,長い間その分野での教科書として使われた。翌年ウィルソン山天文台の研究員になって,球状星団の中の変光星の観測をした。それらの変光星の明るさから球状星団の距離を求めて,銀河系の中心は球状星団の多いいて座の方向にあると看破した(1918)。太陽は銀河系の中心近くにあるというそれまでの考えを大胆に否定したのである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

シャプリー
しゃぷりー
Harlow Shapley
(1885―1972)

アメリカの天文学者。ミズーリ州ナッシュビルに生まれる。同地の大学で数学、物理学を修め、1913年プリンストン大学でラッセルに師事し、食変光星の観測をした。1914年ウィルソン山天文台のヘールのもとで球状星団内変光星を観測。1921~1952年ハーバード大学教授および同大学天文台長。1939~1944年アメリカ芸術科学院長。1943~1947年アメリカ天文学会長。1913年食変光星の大きさの決定法を考案、近接連星の研究に貢献した。翌年ケフェウス型変光星の脈動説を提唱し、エディントンの恒星解析理論(1924)の基礎資料となった。また球状星団内脈動星に周期光度を適用し、その距離推定・空間分布から銀河系の形状と中心を見積もった。さらにマゼラン星雲やアンドロメダ銀河などについて他銀河内脈動星によりその距離と大きさを提示した。晩年平和運動の組織者として活躍。イギリス王立天文協会ほか諸学会から多くの栄誉を受けた。[島村福太郎]

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世界大百科事典内のシャプリーの言及

【銀河系】より

…各球状星団の距離が決まると,それらの空間分布図が得られ,この図から銀河系の輪郭やその大きさがわかり,また銀河系内の太陽の位置もわかるわけである。この方法で銀河系の大きさを決める試みを初めて行ったのはシャプリーH.Shapleyで,1910年代末から約10年間にかけてのことである。彼が,当時知られていた93個の球状星団の空間分布図から求めた結果は,銀河系が楕円体で表され,その三つの軸の直径が23万光年,16万光年および13万光年というものであった。…

【宇宙】より

…天王星を発見した(1781)F.W.ハーシェルはその後この考えを観測的に発展させ,初めて銀河系のモデルを発表した。20世紀初めのJ.C.カプタインの研究に至るまで続いた,太陽を中心付近に置く銀河系モデルを画期的に改めたのは,1917年アメリカのウィルソン山に完成した2.5m反射望遠鏡を用いたH.シャプリーの研究であった。これによって,銀河系はそれまで考えられたよりずっと大きく,太陽は中心よりはるかに端に寄って位置することが明らかにされた(現在では,直径約10万光年の中心部の膨れた薄い円盤状の銀河系は約2000億個の恒星からなり,太陽は中心から約3万光年の円盤内にあるとされる。…

【球状星団】より

…いて座の方向にとくに数多く見られる。1918年,H.シャプリーは球状星団の天球上の分布から,銀河系の中心方向を初めて明らかにした。球状星団は,銀河系の中心から1万光年以内の距離に多く,それより外では銀河中心距離の3.5乗に逆比例する空間密度で分布している。…

【銀河系】より

…各球状星団の距離が決まると,それらの空間分布図が得られ,この図から銀河系の輪郭やその大きさがわかり,また銀河系内の太陽の位置もわかるわけである。この方法で銀河系の大きさを決める試みを初めて行ったのはシャプリーH.Shapleyで,1910年代末から約10年間にかけてのことである。彼が,当時知られていた93個の球状星団の空間分布図から求めた結果は,銀河系が楕円体で表され,その三つの軸の直径が23万光年,16万光年および13万光年というものであった。…

※「シャプリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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