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ソンガイ帝国 ソンガイていこく

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百科事典マイペディアの解説

ソンガイ帝国【ソンガイていこく】

西アフリカソンガイ族Songhaiの帝国。首都はガオ。15世紀後半,ソンニ・アリ王により,マリ帝国の属領から脱却。次のアスキア・ムハンマド王によって,ニジェール川大湾曲部東部を中心に西はセネガルから東はハウサ諸国に至る広大な勢力圏を確保,最盛期を迎えた。
→関連項目アフリカサハラ砂漠スーダン(地域)レオ・アフリカヌス

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世界大百科事典 第2版の解説

ソンガイていこく【ソンガイ帝国】

黒人アフリカで最大の版図をもった帝国。支配部族ソンガイSonghai(ソンライSongrai)族の名をとってこのように呼ばれるが,首都ガオの名をとってガオ帝国とも呼ばれる。16世紀の最盛期には,ガオ(現,マリ共和国領)のあるニジェール川大湾曲部東部地方を中心に,その勢力は,西アフリカ西端の現セネガル共和国の地域から,金の主要な産地だったニジェール川上流の山地地方(現,ギニア共和国領),岩塩の産地テガザ(現,マリ共和国領)を含むサハラの一部,東はハウサ諸国(現,ナイジェリア北部)にまで及んだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ソンガイ帝国
そんがいていこく

15世紀後半から16世紀にかけて、西アフリカの内陸部サバンナのニジェール川流域を中心に、広大な地域を支配していた、ソンガイSonghai人の当時の西アフリカ最大の帝国。12世紀から15世紀にかけて、ニジェール川湾曲部を中心に繁栄していたマリ帝国の支配下にあったソンガイ人は、マリ帝国の衰退とともに勢力を拡大した。15世紀後半、スンニ・アリの治政下の30年足らずの間に、ガオを本拠に、当時この地域の経済、文化の中心であったトンブクトゥジェンネなどの諸都市を征服し支配下に治め、それによって強大な帝国を完成した。しかし16世紀末、サハラ砂漠を越えて到来したモロッコ軍との戦いに敗北し、それを契機に衰退に向かった。[原口武彦]

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世界大百科事典内のソンガイ帝国の言及

【アドラール・デジフォラス】より

…おもな遺跡はアルリArli,イブデケネIbdekene,ラトラトRatrat,イジュンハンIdjounhan,イン・フリットIn Frit,タロホスTalohos,イン・タデイニIn Tadeïni,エス・スクEs Soukなど。スーダン・ベルベル(トゥアレグ族)の主都タデメッカの廃虚がタロホスとイン・タデイニに,ソンガイ帝国の都市遺跡がエス・スクにある。現在は少数のトゥアレグ族がラクダや牛を飼って住んでおり,行政の中心はキダルKidal。…

【アフリカ】より

…家族は一夫多妻の拡大家族で,亡夫の父系血縁者の年少者が寡婦を妻として受けつぐ寡婦相続の慣行が広く行われている。政治組織の面からみると,北方のニジェール川大湾曲部地方を中心に発達したマリ帝国,ソンガイ帝国のような,広大な版図をもち多部族の支配の上に成り立った政治組織はなく,オートボルタのモシ族,グルマンチェ族,ガーナのマンプルシ族,ダゴンバ族のような,先住農耕民を騎馬の軍事集団が支配して形成された,支配者が共通の祖先から分かれた連合体ないし上下の序列をなしているような中規模の国家,ナイジェリアのハウサ諸国家のような都市を中核とするイスラムの神権政治国家,セネガルのウォロフ族,マリのドゴン族,オートボルタのカセナ族のような小規模な首長制社会,オートボルタのロビ族,サモ族のような,氏族と拡大家族が社会的統合の最大単位であるような集権化の度合の著しく弱い社会など,社会・政治的統合のさまざまなレベルの形態が見いだされる。 次に,中規模の集権的統合の形態を,モシ族を例にとって略述してみよう。…

【サハラ砂漠】より

…金の主産地のセネガル川上流やニジェール川上流の山地は舟運で砂漠地方と結ばれていたが,ニジェール川が北へ向かって張り出した,いわば砂と水の結節点に交易都市トンブクトゥが生まれ,〈黄金の都〉としてヨーロッパにまで知られた。15世紀末から16世紀にかけてはマリ帝国に代わって,さらに版図を拡大したソンガイ帝国の保護のもとに,塩と金の交易はいっそう栄えた。マリ,ソンガイの時代を通じてサハラから岩塩を供給したのはタガザの塩床であるが,その採掘権をめぐる紛争がもとで,サード朝モロッコのスルタンは西アフリカにまだ知られていなかった銃を装備した軍隊を送って,16世紀末ソンガイを滅ぼした。…

【タガザ】より

…北アフリカのサハラ砂漠西部,現在のマリ共和国北端にかつてあった岩塩の産地。おそらく8世紀のガーナ王国の時代からマリ帝国,ソンガイ帝国の時代まで,600年余りにわたって,これら西サハラ南縁に栄えた黒人帝国に岩塩を供給し,塩と黒人の国の金との交易によってそれらの帝国に繁栄をもたらした。1352年にこの塩の町を訪れたアラブの旅行家イブン・バットゥータは10日ほど滞在して見聞記を残している。…

【トンブクトゥ】より

… 黄金の帝国マリ,その象徴としての交易都市トンブクトゥのうわさは,伝説化して地中海世界に伝えられ,イスラムを経て間接にしか情報を得ることができなかったキリスト教世界の人々にとって,幻想にまで肥大していった。15世紀末から16世紀末まで,マリ帝国に代わってニジェール川大湾曲部を支配し,さらに版図を広げたソンガイ帝国の時代に,トンブクトゥの商業はいっそう盛んになった。北アフリカから多くのアラブ系商人が来住し,イスラムの学者・宗教指導者(ウラマー)も招かれて,いくつものモスクや大学や100を超すコーラン学校がつくられ,商業都市としてだけでなく,宗教・学芸都市としても,トンブクトゥは有名になった。…

【ニジェール】より

…住民の85%がイスラム教徒で,残りのほとんどは部族固有の伝統宗教を信仰している。歴史的には,西部はソンガイ帝国,中部はハウサ諸国,そして東部はカネム・ボルヌー帝国にそれぞれ支配された。サハラ砂漠の南縁のこの地方は,砂漠を縦断する隊商交易の南の基地となり,早くからジンデル,マラディなどの町が開けた。…

【マリ】より

…トンブクトゥからガオにかけての地域には,ソンガイ族が住んでいる。ソンガイ族も14世紀末ごろから隆盛を成したソンガイ帝国の担い手であり,やはり早くからイスラム化している。サハラ砂漠を生活の舞台とするトゥアレグ族はニジェール川沿いの町や村の近辺にも居住している。…

※「ソンガイ帝国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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