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タイラー Theiler, Max

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

タイラー
Theiler, Max

[生]1899.1.30. プレトリア
[没]1972.8.11. ニューヘーブン
アメリカの微生物学者。牛疫,アフリカ馬疫など獣医学,熱帯病学にすぐれた業績を残した A.タイラー卿 (1867~1936) の子。ロンドンのセントトマス病院と公衆衛生・熱帯医学校で医学教育を受けたのちアメリカに渡り,1922~30年ハーバード大学講師,30年ロックフェラー財団研究部長,同財団実験所長,51年同研究所医学部長,公衆衛生部長。感染症,特に黄熱を研究し,黄熱ワクチンを開発した。その功績により 51年ノーベル生理学・医学賞を受けた。

タイラー
Tyler, John

[生]1790.3.29. バージニア,チャールズシティー
[没]1862.1.18. バージニア,リッチモンド
アメリカの政治家。第 10代大統領 (在任 1841~45) 。法律家として活躍したあと,バージニア州議会議員 (11~16,23~25,39) ,連邦下院議員 (17~21) ,バージニア州知事 (25~27) ,連邦上院議員 (27~36) を歴任。民主党綱領をめぐって A.ジャクソンと決別してからホイッグ党に加わり,1840年 W.ハリソンの副大統領として当選,翌年4月4日のハリソンの死によって史上初めて副大統領から大統領に昇任。就任後は,民主,ホイッグ両党から離れ,独自の立場を取った。彼の在任中,テキサス併合 (45) と海軍の再編成が目立った。強力な州権論者であったが,南北戦争直前には南北の妥協に努力し,それが失敗に終るとバージニアの連邦からの脱退を主張。南部連合の下院議員に当選したが,議会開会前に死亡した。

タイラー
Tyler, Moses Coit

[生]1835.8.2. コネティカット,グリスウォルド
[没]1900.12.28. ニューヨーク,イサカ
アメリカの歴史家。思想,文化史研究の先駆者。 1867年ミシガン大学英文学教授に就任,のち 81年コーネル大学でアメリカ最初のアメリカ史教授となった。「アメリカ歴史協会」の設立者 (1884) 。主著『植民地時代アメリカ文学史』A History of American Literature During the Colonial Time (78) ,『アメリカ革命文学史』 The Literary History of the American Revolution,1763-1783 (2巻,97) 。

タイラー
Tyler, Royall

[生]1757.7.18. ボストン
[没]1826.8.26. バーモント,ブラトルボロ
アメリカの法律家,劇作家,小説家。ハーバード大学に学び,法律家となり,バーモント州最高裁判所長官 (1807~13) ,バーモント大学教授 (11~14) をつとめた。かたわら創作活動を活発に行い,アメリカ人の手になる最初の喜劇『対照』 The Contrast (1787) を発表して成功。これはイギリスとアメリカとの風俗習慣の違いを描いた風刺劇で,ヤンキー気質を初めて舞台に取上げたという意味で注目に値する。ほかに小説『アルジェの捕囚』 The Algerine Captive (97) ,架空の書簡集『ロンドンのヤンキー』 Yankey in London (1809) など。

タイラー
Tyler, Wat (Walter)

[生]?
[没]1381.6.15. ロンドン
1381年のイギリス農民一揆の指導者。人頭税に反対し,封建的圧制の廃止を求めるケントの農民を指導して6月7日蜂起。エセックス,イーストアングリアの農民も加わって大勢力となる。6月 10日カンタベリーを襲い,次いでロンドンに迫り,6月 14日マイルエンドで国王リチャード2世に会見して要求を提出,その譲歩の約束を得た。しかし翌 15日スミスフィールドでさらに急進的な綱領を掲げて再び国王と会見した際,国王側の計略にかかってロンドン市長 W.ウォルワースに殺され,一揆も急速に鎮定された。

タイラー
Tylor, Sir Edward Burnett

[生]1832.10.2. ロンドン
[没]1917.1.2. ウェリントン
イギリスの文化人類学者。クェーカー教徒の家に生れ,トッテンハムの宗派学校を卒業。 1883年オックスフォード大学博物館に勤務。 84年同大学講師,96年オックスフォード大学の人類学初代教授。アメリカ,メキシコを旅行したのち,経験主義的立場から人類文化の発展を研究し,文化残存によるアニミズムの理論をはじめ比較文化調査による理論を発表した (→進化主義人類学 ) 。タイラーによる「文化」「言語」「宗教」の定義は,今日まで人類学の基礎となっている。イギリス学士院会員。 1912年にナイトに叙せられた。主著『アナワク』 Anahuac; or,Mexico and the Mexicans Ancient and Modern (1861) ,『原始文化』 Primitive Culture (71) ,『文化人類学入門』 Anthropology: An Introduction to the Study of Man and Civilization (81) 。

タイラー
Tyler

アメリカ合衆国,テキサス州北東部の都市。ダラスの東南東約 140kmに位置する。その名はアメリカ大統領 J.タイラーに由来。農業地域の中心地であったが,1930年の東テキサス油田の発見以後,多くの石油会社が進出,急激な人口増加をみた。農業は綿花,トウモロコシ,花卉などを産し,特にバラの生産量が多い。石油精製および軽工業が発達。私立テキサス大学,タイラー州立公園,市立バラ園などがある。 10月のタイラーバラ祭や9月の東テキサス博覧会は有名。人口7万 5450 (1990) 。

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デジタル大辞泉の解説

タイラー(Edward Burnett Tylor)

[1832~1917]英国の人類学者。初めて文化の概念を確立し、諸文化の比較研究を可能とした。また、宗教の起源をアニミズムであるとし、進化説を展開。人類学の父とよばれる。著「原始文化」「人類学」など。

タイラー(John Tyler)

[1790~1862]米国の政治家。第10代大統領。在任1841~1845。無所属。第9代大統領のハリソンが在任中に病死したため、副大統領から大統領に就任。テキサス併合や海軍の再編を成し遂げた。→ポーク

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百科事典マイペディアの解説

タイラー

南アフリカ,プレトリア(ツワネ)生れの医学者。ニューヨークのロックフェラー財団ウイルス研究所員。黄熱のワクチンを作り,黄熱予防に効果をあげた。1951年ノーベル生理医学賞。

タイラー

英国の文化人類学者。〈文化〉とは知識,信仰,芸術,道徳,法律,風習など諸要素の複合総体であるとした定義は有名。人類文化の発展は上昇進化の歴史であるとした。またアニミズムを中心とする原始宗教研究は,比較宗教学の発展を促した。著書《原始文化》(1871年),《人類学》(1881年)。
→関連項目アニマティズム犠牲文化人類学モーガン

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世界大百科事典 第2版の解説

タイラー【Edward Burnett Tylor】

1832‐1917
イギリス生れの進化主義人類学者。父はクエーカー教徒で真鍮の鋳物師であった。16歳のときロンドンの工場の事務員となり,高等教育は受けなかったが,20代前半に結核の転地療養のためのアメリカ,キューバへの旅を契機に,文化への関心を深めた。キューバ旅行の体験に基づいて,《アナウァク――古代および現代メキシコ人》を1861年,29歳のときに発表し,この体験と着想をさらに学問的に深めて65年には《人類の原初史および文明発達に関する研究》を著した。

タイラー【John Tyler】

1790‐1862
アメリカ合衆国第10代大統領。在職1841‐45年。同名バージニア州知事,判事の次男。1816年以後,連邦上下両院議員,知事等を歴任。41年副大統領就任直後,W.H.ハリソン大統領の死亡により,アメリカ史上初めて副大統領から大統領に昇格した。同年9月合衆国銀行再建法に対する拒否権行使で与党ホイッグ党の支持を失い,44年テキサス併合条約締結後第三党結成に失敗,再選を断念し引退した。しかし南北戦争中,生涯の堅固な南部州権論を貫きアメリカ南部連合の議員となった。

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大辞林 第三版の解説

タイラー【Edward Burnett Tylor】

1832~1917) イギリスの人類学者。オックスフォード大学人類学講座初代教授。宗教の進化を説いた。著「原始文化」など。

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世界大百科事典内のタイラーの言及

【アニミズム】より

…こうした意味での霊魂は,人間にのみ認められているのではなく,動物,植物,自然物,自然現象にも宿るとされる。
[学説]
 このように諸生物,事物,現象に認められる霊魂群を一括して霊的存在と名づけ,この存在への信仰をアニミズムと規定し,これによって宗教文化の起源と本質を論じたのがイギリスの人類学者E.B.タイラーである。彼によれば,死,病気,恍惚,幻想とくに夢における経験を反省した未開社会の知的な人間は,身体から自由に離脱しうる非物質的で人格的な実体すなわち霊魂の存在を確信するにいたった。…

【文化】より

…社会科学の諸分野では第2の意味で〈文化〉という概念を使用するのが普通であるが,この意味における〈文化〉についても定義は多様であり,時代的な変化も見られる。
【文化人類学からみた〈文化〉】
 文化人類学における文化の定義の中で最も古典的なものは,E.B.タイラーが《原始文化》(1871)の冒頭で示した定義である。彼は〈文化または文明とは,知識,信仰,芸術,道徳,法律,慣習その他,社会の成員としての人間によって獲得されたあらゆる能力や慣習の複合総体である〉と述べた。…

【未開社会】より

…事実,世界に分布する諸社会の未開性がもっとも問題にされ,関心をもたれたのは,19世紀後半の進化,発展主義の思潮のなかで形成された人類学の初期段階においてであった。人類学の祖と目されるL.H.モーガンE.B.タイラーは研究対象の未開社会を体系的に扱った人々の代表であるが,両者の学説の中では,人類社会はより高度の完成へ向かう一系的な進化の過程をたどると仮定され,未開社会は,西欧文明社会を頂点とした発展過程の諸段階を,なんらかの理由で残存,保持してきたと想定された。したがって,未開社会の様態の研究は人類史の諸段階を復元するためのものであり,発展を野蛮,未開,文明の3段階で捉えようとしたモーガンは,現存する社会の未開状態を低度の発展段階にとどまった人類の遺物とみなしたのであった。…

【遊戯】より

…第3は文化レベルでの遊戯論の展開である。19世紀は遊戯論が科学的基礎づけを得た時代で,機能にしろ発現因子にしろ,それらはもっぱら心理学的に個体レベルの問題として論じられたが,他方,童戯の残存起源を唱えたE.B.タイラーや遊戯の文化創造機能を追求したJ.ホイジンガにみるように,遊戯と文化のかかわりを問う領域も現れた。この領域に大きく寄与したのは文化人類学で,未開社会と伝統的社会の文化体系の中で遊戯(デュルケーム的意味での〈物chose〉としての遊戯)が占める位置と意味とが盛んに研究された。…

【霊魂】より

…一般に精霊や生霊や死霊と呼ばれる存在がそれである。この考えは未開宗教や古代宗教において多くみられ,E.B.タイラーによると,とくに未開人はこのような霊魂(アニマ)の存在によって夢や幻覚や失神や死の現象を説明しようとしたのだという。また,それらの遊離し漂泊する精霊や生霊を操作したり駆使したりすることによって,治病や託宣や呪詛を行う呪術・宗教的な職能者もあらわれた。…

※「タイラー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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