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トラキア トラキア Thracia; Thrakē

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

トラキア
トラキア
Thracia; Thrakē

現代ギリシア語ではスラキバルカン半島南東部の古代および現代の地域名。範囲は時代により異なるが,古代ギリシア人のトラケーは北はドナウ川,南はエーゲ海,東は黒海とマルマラ海,西はほぼバルダル川東岸の山地までであった。

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デジタル大辞泉の解説

トラキア(Thracia)

バルカン半島東部の地方。エーゲ海に臨み、ギリシャからトルコにまたがる。古代にはブルガリアも含め、北はドナウ川、東は黒海までをさした。トラーキ。

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百科事典マイペディアの解説

トラキア

エーゲ海北東岸の地方。マリツァ川をはさんで,ギリシアの北東端とトルコのヨーロッパ部分(ルメリア)にまたがる。古代のトラキアはブルガリア南部をも含む地域で,金,銀,木材の産で知られた。
→関連項目エディルネオルフェウスバルカン戦争プロブディフロドピ[山脈]

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世界大百科事典 第2版の解説

トラキア【Thracia】

バルカン半島の東側,ほぼ現在のブルガリアにあたる地域の古代名。約20の種族が独立抗争していたが,前6世紀から黒海沿岸にギリシア人が植民市を建設,その後ペルシアマケドニアの一時的支配がつづき,前2世紀以降ローマの侵略にさらされた。ローマはここを対ミトリダテス戦争の重要拠点とみなして,圧力を強め,その将M.ルクルスは,諸種族の抵抗を排して前72年全土を支配した。しかしトラキア諸族の抵抗はやまず,1世紀にローマは動揺をおさえ,北部をモエシア,中南部をトラキアとして属州に組織した。

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大辞林 第三版の解説

トラキア【Thracia】

バルカン半島の南東部にある地方。地域は時代により範囲が異なる。現在はエーゲ海北東岸をさし、トルコ領とギリシャ領から成る。バルカン戦争でその領有が争われた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

トラキア
とらきあ
Thracia

バルカン半島東部の地方。「トラキア」は古名で、現代ギリシア語名はトラーキThraki (Thrake)。トラキアの範囲は時代によって非常に異なる。古代ギリシア時代では、西側はマケドニアに接し、東は黒海の西岸とマルマラ海の北西部、南は沿岸部を除いたエーゲ海に囲まれた地域をさした。現代では古代のそれよりいくぶん南側の地域をさし、マリーツァ川(古名ヘブロス川)を境にして、西側のギリシア領を西トラキア、東側のトルコ領を東トラキアとよんでいる。
 古くからインド・ヨーロッパ語族のトラキア人が居住していたが、彼らは好戦的で野蛮な民族としてギリシア古典期に知られた。初期の歴史は不詳で、沿岸各地に紀元前8世紀ごろよりビザンティオン(現イスタンブール)など幾多のギリシア人植民市が設立されると、ギリシア人を通して彼らの実態が知られるようになった。彼らの宗教は原始的で、人身御供(ひとみごくう)や動物崇拝、来世信仰が行われており、神々としてはベンディスやディオニソスの崇拝がとくに有名である。前6世紀以後何度かペルシアの侵入を受けたが、ペルシア戦争後はオドリサイ人のテーレース王のもとにトラキア人のほとんどが統一された。彼の息子シータルケースはギリシアでも有名であった。前2世紀から漸次ローマの支配下に入り、当初、自治を保持していたが、紀元後1世紀にはローマの属州となった。古代末期にゴート人やフン人が、中世にはブルガリア人が侵入し、15世紀トルコのコンスタンティノープル(現イスタンブール)制圧後は、完全にトルコ領となった。その後、19世紀のロシア・トルコ戦争、20世紀初めのバルカン戦争、そして第一次世界大戦と幾多の戦争を通じて列強の利害の衝突地ならびに国民主義の舞台として重要な地域であったが、1923年以後、ギリシア、トルコ、ブルガリアの3国に分割され、今日に至っている。[真下英信]

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