電子や原子核のような微小な粒子は力の場の障壁を透過しうるという,量子力学特有の効果。古典力学では,運動エネルギーはつねに正である。したがって,粒子はポテンシャルエネルギーが粒子の全エネルギーより大きい領域には侵入できず,運動エネルギーが0になる点ではね返される。しかし,量子力学的粒子は古典力学で考えるような粒子の性質と同時に,ド・ブロイ波と呼ばれる波動としての性質をもつので,運動エネルギーが負となるような領域にもわずかに侵入できる。もしもポテンシャルの山が小さな領域に限られれば,粒子はあたかもその山にトンネルを掘ったようにして,障壁の一方から他方へ透過することが可能になる。障壁が厚さa,高さ(ポテンシャル)Vの矩形状の場合,全エネルギーE(E<V)の粒子が障壁を透過する確率Pは,mを粒子の質量,hをプランク定数として,で与えられる。Pは巨視的な系では極端に小さくなるので,事実上このような確率は0であり古典力学と同じ結論が得られるが,原子のスケールではトンネル効果が実際に起こる。
トンネル効果の可能性を最初に指摘したのはJ.R.オッペンハイマーであり(1928),水素原子に強い電場をかけたとき,電子がクーロン場の障壁を透過して外部に放出される確率を論じた。同じ年,G.ガモフ,R.W.ガーニーおよびE.U.コンドンは原子核の放射性崩壊の際,α粒子(ヘリウムの原子核)が原子核から放出される過程(α崩壊)をトンネル効果として説明した。固体におけるトンネル効果の最初の実証は,1957年江崎玲於奈によって与えられた。江崎は高濃度の不純物を含む半導体ゲルマニウムを用いて,非常に薄い(厚さ10nm程度)p-n接合をつくり,この接合の電流-電圧特性から,伝導帯の電子がトンネル効果によってp-n接合を透過して価電子帯に流れ込むことを示した。この素子は,今日トンネルダイオードと呼ばれている。
超伝導体と薄い酸化物の膜で構成されるトンネル接合では二つのトンネル効果がよく知られている。一つは,60年,ジェーバーIvar Giaever(1929- )が発見した効果で,2種の超伝導体の間,または常伝導金属と超伝導体の間で電子によるトンネル電流が生ずる現象である。この効果は超伝導体のエネルギーギャップの存在を実験的に証明し,その大きさを決定する有力な手段となった。もう一つは,62年,B.D.ジョセフソンが予言した効果(ジョセフソン効果)で,クーパー対と呼ばれる特定の電子対が酸化膜の両側の超伝導体間を移動する現象である。このとき生ずる流れは超電流と呼ばれ,前者と異なる特性を示す。
トンネル効果を利用して固体中電子の状態を研究する方法はトンネル分光学と呼ばれる。トンネル効果は以上のほかに,多くの原子核反応,化学反応,固体の絶縁破壊,冷金属からの電子放出,誘電体中の価電子移動など多方面の現象に関与していると考えられる。
執筆者:鈴木 勝久
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α(アルファ)崩壊により原子核から放出されるα粒子のエネルギーは、α粒子が外に出るときに超えねばならないポテンシャル・エネルギーの高さよりも小さいことが多い。このようにポテンシャルの高さより低いエネルギーの粒子がポテンシャルを通過する現象をトンネル効果という。 では、ポテンシャルV(r)のもっとも高い値VMよりエネルギーの低い粒子がポテンシャルを通過していく。このような現象は通常の古典力学の法則に従う場合には絶対おこらないことであり、量子力学的な運動に由来する。きわめて薄い金属箔(はく)を光がわずかに透過するのと似ている。透過の割合はポテンシャルと粒子のエネルギーを示す線で囲まれた領域の面積によってきわめて敏感に変わる。たとえば、ウランの原子核から420万電子ボルトのα粒子がこのポテンシャルの壁を通過する確率は10-37くらいの確率であるが、これよりも100万電子ボルト高いα粒子であれば確率が5×107も大きくなる。実際のα粒子がウランから飛び出る割合は、α粒子が原子核内で毎秒1021回もポテンシャルの壁と衝突するので、この確率よりずっと大きくなる。半導体や金属面の接触によって生じる電子の流れはトンネル効果による。とくに不純物の多い半導体に負の抵抗が生ずるエサキダイオードやジョセフソン効果はトンネル効果の典型的な例である。
[田中 一]
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古典力学の範囲では,一つの粒子がある高さのポテンシャルの山をとび越えるためには,そのポテンシャルの高さ以上のエネルギーが粒子に与えられなければならない.一方,原子,電子などの微視的粒子の運動を支配する量子力学においては,与えられたエネルギーがポテンシャルの山の高さ以下であっても,粒子はいくらかの確率で山を突き抜けることができる.この効果をトンネル効果という.アンモニア分子の窒素原子が水素原子のつくる平面を突き抜けて反転する現象や,金属,半導体の接合面を電子が通り抜ける現象は,トンネル効果として説明される.近年,3原子または4原子からなる簡単な化学反応に対するポテンシャルエネルギー曲面が,量子力学的に正確に計算されるようになり,反応速度の計算値と実験値との定量的な比較ができるようになった.その結果,いくつかの反応において,室温においてもトンネル効果が重要な役割を果たしていることが明らかになってきた.とくに水素原子の移動が関与する低温の反応では,トンネル効果が反応の主要な部分を占めていることがはっきりしてきた.
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(荒川泰彦 東京大学教授 / 桜井貴康 東京大学教授 / 2007年)
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