広くは演劇観一般を意味し,狭くは具体的な劇作法・劇作術をさす言葉であるが,これが一つの術語として確立していることが,演劇という芸術の本質的な一面を暗示しているといえる。現代語には文学観の全体を示す〈詩学poetics,Poetik(ドイツ語)〉という言葉はあるが,個々のジャンルについて,たとえば抒情詩観を一語で表す成語はないし,小説作法を意味する単独の術語もないからである。古来,演劇はとくにその方法論について意識的な芸術であり,その伝統が,近代のドイツにいたってこの独特の術語を生んだと考えられる。世界最初の芸術論というべきアリストテレスの《詩学》は,じつは全面的に演劇論であったが,その事実がすでに演劇の方法論への強い関心を示唆していた。ルネサンスにおいても,批評的な主張がもっとも熱心にかわされ,しかも,つねにその主張が〈三統一の規則〉のような原理問題に及んだのは,演劇についてであった。やがて,N.ボアローの《詩学》に見られたように,演劇論は古典主義という一つの体系的な規範の姿をとり,それによってまた,ロマン主義者の意識的で理論的な反抗を誘発した。V.ユゴーの《クロムウェル》の序文が示すように,ロマン主義がその方法論をもっとも体系的に,また戦闘的に主張したのは演劇の分野においてであった。近代にいたっても,演劇作法はつねに詩作法や小説作法に較べて分析的であり,方法論として厳密であろうとするのは,たとえばG.フライタークの戯曲論が典型的に示している。
おそらく,この特色は,演劇が第1に観客を目前にして表現を行う芸術であり,第2には,劇作家や俳優など,複数の主体が集団で表現する芸術だという事実によるものであろう。観客の反応はもっとも直接的な批評であり,それによって成功・不成功を厳しく自覚させられる演劇は,みずからも批評的な主張によって武装せざるをえない。また,表現を共同作業によって行う演劇は,その協力者相互のあいだに意志統一の必要があり,共通の方法論を共通の言葉で明示しておかねばならない。さらにこの方法論は,劇場に集まる観客にもあらかじめ共有され,鑑賞にそなえる心の姿勢を準備させて,彼らの集合的な感動を助けることにもなろう。
これに加えて,演劇はその成立過程で祭祀と深いかかわりを持ち,そのことがこの芸術の内奥に人間の世界観的な態度を植えつけた,と考えられる。祭祀のなかで,人間は願望,畏敬,感謝,諦念など,世界に対する一定の態度をとるのであるが,この態度は演劇のなかにもひきつがれて,それが特定の演劇の方法論と結びついたとみることができる。演劇には古くから悲劇,喜劇という二分法があり,今日もなお強く生き残っているが,これは,劇の形式的な分類であるとともに内容上の区別であり,劇作法の種類でありながら,同時に人間の人生観の違いに結びつけられている。そのことから,悲劇的,喜劇的という形容詞は,人生上の事件そのもの,人間の生き方そのものに転用されるが,これは他の芸術分野のジャンル名にはみられない現象だといえる。いいかえれば,演劇の方法論は,そのまま人生と世界を考えるための方法論となり,ひとりの思想家にとって,演劇をいかに考えるかが彼の世界観のかなめとなる,ということも珍しくない。ヘーゲル,ショーペンハウアー,ニーチェ,ヤスパースなど,近代の多くの哲学者は悲劇論をその思索の中枢部に置き,逆にF.シュレーゲル以来,E.シュタイガー,G.スタイナーなど,多くの文芸学者が悲劇を人間の世界観から説明しようとしてきた。こうして,演劇が単に芸術の一分野であることを超えて,直接に人生と世界に結びついていることが,ドラマトゥルギーの概念を特別なものにしている一因だ,と考えられる。
→演劇 →戯曲
執筆者:山崎 正和
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…〈演じる者〉には〈演じて見せるもの〉があるということである。 こうして,〈見る者〉すなわち〈観客〉(見物,観衆)と,〈演じて見せる者〉すなわち〈演戯者〉(演者,役者,俳優)と,この両者を一つに集める空間すなわち〈劇場〉(常設とは限らない)と,そして演戯者によって〈演じられるもの〉すなわち〈行動を組み立てる術とその成果〉という意味での〈劇作術〉Dramaturgie(ドラマトゥルギー,ドイツ語),dramaturgie(ドラマチュルジー,フランス語)の四つが,演劇にとって不可欠の4要素である。なお劇作術は文字で表されるとは限らないが,文字で表したものは〈台本〉または〈戯曲〉と呼ぶ。…
※「ドラマトゥルギー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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