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ドルトムント ドルトムントDortmund

6件 の用語解説(ドルトムントの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ドルトムント
ドルトムント
Dortmund

ドイツ西部,ノルトラインウェストファーレン州の都市。ルール工業地帯東部の中心をなす。9世紀頃から東西の主要通商道路であるヘルウェークに沿う町として重要な位置を占め,1220年に帝国直轄都市となり,その後ハンザ同盟に加わって商業活動が盛んになった。

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デジタル大辞泉の解説

ドルトムント(Dortmund)

ドイツ中西部の商工業都市。中世にはハンザ同盟都市。ルール炭田の発展につれて成長。鉄鋼・ビール醸造業などが盛ん。人口、行政区58万(2008)。

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百科事典マイペディアの解説

ドルトムント

ドイツ,ノルトライン・ウェスファーレン州のルール地区東部の中心的工業都市。北海に通じるドルトムントエムス運河の起点で水陸交通の要地。鉄鋼,機械,ビール醸造などの工業が行われる
→関連項目ルール

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世界大百科事典 第2版の解説

ドルトムント【Dortmund】

ドイツ西部,ノルトライン・ウェストファーレン州ルール地帯東端にある都市。人口60万1000(1995)。通商路の交点に位置し,中世より商業が栄えた。13世紀にウェストファーレン唯一の帝国都市となり,ハンザ同盟にも加盟。しかし14世紀後半から市勢は衰えはじめ,商人層の流出が相次いだ。新しい都市成長を開始するのは19世紀中葉に至ってからである。企業家ハルコルトFriedrich Harkort(1793‐1880)による鋳鉄場,蒸気機械製造場の設立(1832),石炭縦坑採掘(1840),鉄道開通(1847)等を契機にして石炭・鉄鋼業が急激に発展。

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大辞林 第三版の解説

ドルトムント【Dortmund】

ドイツ北西部、ルール地方の都市。鉄鋼・機械・ビール醸造などの工業が発達。ドルトムント-エムス運河を経て北海に通じる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ドルトムント
どるとむんと
Dortmund

ドイツ西部、ノルトライン・ウェストファーレン州、ルール工業地帯東部の中心的商工業都市。人口59万8000(2002)。東西、南北両方向の幹線鉄道やアウトバーンが交差する交通の結節点で、ドルトムント・エムス運河沿いの港湾都市でもある。商業では卸売り1300社、仲買い1340社、小売り4900店を数え、五大百貨店をはじめ28の百貨店があるほか、多くの金融機関が集まり、ルール東部地域を商圏とする。ドイツの砂糖取引、ドイツ西北部の小麦取引の中心地でもある。工業では、近年衰えたが製鉄、製鋼があり、そのほか機械、事務機器、ビール、菓子(チョコレート)などの製造業がある。ビール醸造は13世紀から著名で、現在も大手6社の生産量合計はドイツ第1位である。市の面積の49%が公園・緑地で、とくにバラ園をもつウェストファーレン公園は有名。近くに2、3万人を収容するウェストファーレンホール(集会、スポーツ用)、展覧会場や、220メートルのテレビ塔がある。
 市は9世紀末スロトマニThrotmaniの名で初めて記録に現れ、その後、東西幹線道路のヘルウェーク(塩の道)に沿う市場商業町として発展した。1220年帝国都市となり、以後、国会も開かれた。またハンザ同盟に加わって交易都市としても活躍し、19世紀中ごろからルール炭田の発展につれて鉱工業都市に成長した。中心部は旧市域で、市壁跡は環状道路となり、旧市域を東西に貫くヘルウェークが歩行者専用の中心商店街をなしている。[小林 博]

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