ハチ(読み)はち

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ハチ(昆虫)
はち / 蜂
waspbee英語
abeilleフランス語
Bieneドイツ語

昆虫綱膜翅(まくし)目Hymenopteraに属する昆虫の総称(ただしアリ類を除く)。世界中に10万種以上が知られ、甲虫類に次ぐ大きな群である(分類学的研究は未完であり、最終的には生物界最大のグループになるだろうと推定されている)。全体的にみるとハチは明らかに有益な昆虫であり、花粉媒介昆虫として、また農林害虫の天敵(捕食虫あるいは寄生虫)として、生態系や人間の生活に計り知れない利益をもたらしている。[平嶋義宏]

形態

ハチの多くは小形ないし中形の昆虫であるが、寄生バチのなかには体長0.5ミリメートルぐらいの微小種もあり、ツチバチ上科のなかには80ミリメートルを超す大形種もいる。ハチは頭・胸・腹部の区別がはっきりしている。頭部には1対の複眼、3個の単眼、1対の触角があり、感覚は非常によく発達している。高等なハチの触角は雄が13節、雌が12節である。口器は原則的にはかむ口であるが、吸ったり、なめたりするのにも適している。ハチは一般に非常に器用な昆虫であり、口(大あご)と脚(あし)を上手に使って巣をつくる高等な種類が多い。胸部にはじょうぶな4枚の膜質のはねがある。前翅には、普通、縁紋がある。後翅は前翅より小さく、前縁に並ぶ翅鉤(しこう)で前翅後縁に連結し、左右1枚ずつのはねとして機能する。ハチは上手な飛行家であるが、各種の生活に適応した結果、はねを消失した種類もある(アリバチの雌、イヌビワコバチの雄ほか)。翅脈は多少とも退化的傾向を示し、ほぼ消失(寄生バチ)したものもある。脚もよく発達し、歩行に適しているが、獲物をとらえたり(カマバチ、ベッコウバチほか)、土を掘ったり(ツチバチ、ジガバチ、ハナバチほか)、花粉を運んだり(ヒメハナバチ、ミツバチほか)するのにも適している。腹部は胸部に強く密着しているが、とくに細腰亜目では腹部第1節は後胸に密着融合して、見かけ上は胸部環節体の一部を形成している。これを前伸腹節という。したがって、見かけ上の腹部第1節は実は腹部第2節である。また、細腰亜目では腹部第1、第2節の間(前伸腹節の後部)が強くくびれている。これによって運動性を獲得し、腹端の刺針を上手に使えるようになっている。そのくびれた部分が伸長して柄のようになったもの(ジガバチ、アリなど)もある。雌の腹端には産卵管があるが、この産卵管は長短まちまちで、体内に隠れたもの(ツチバチ、スズメバチ、ミツバチほか)や体外に露出したもの(ヒメバチ、コマユバチほか)があり、またその一部が錐(きり)や鋸歯(きょし)に(ハバチ類)、刺針に(スズメバチ、ミツバチほか)変化したものもある。
 変態は完全で、蛹(さなぎ)になる前に繭をつくるが、つくらない種類もある。蛹は一般に裸蛹(らよう)(自由蛹)で、脚やはねが体と離れている。幼虫は、細腰亜目では無脚でウジ状であるが、広腰亜目では有脚。幼虫の頭部はよく発達する。[平嶋義宏]

生態と進化

広腰亜目は原始的グループで、その幼虫は植物食性である。ハバチなどは植物葉を食べ、クキバチなどは茎の中に潜り、キバチなどはマツなどの堅い材中に侵入する。このなかには重要な農林害虫がいる。
 細腰亜目寄生バチ類は、ほかの昆虫の卵、幼虫、蛹、まれに成虫に寄生する。原始的な植物食性から一転して動物食性しかも寄生性に変身したもので、ハチのなかではこの寄生バチ類がもっとも種類が多い。一次寄生のほか、二次寄生、三次寄生をする種類もある。一次寄生バチは農林害虫の有益な天敵として価値が高い(たとえばルビーロウムシに寄生するルビーアカヤドリコバチ)。寄生の方法は、母バチが植物体上にあるほかの昆虫の卵や幼虫などをみつけて卵を産み付ける単純なものから、材中に潜入しているカミキリムシの幼虫などを探り当てて穿孔(せんこう)産卵するもの、水中に潜って水底にいるトビケラの幼虫に産卵するもの(ミズバチ)、母バチが植物葉に微小卵を無数に産み付け、これが鱗翅(りんし)目の幼虫に葉とともに食べられ、その体内で孵化(ふか)し、その幼虫の体内に寄生しているほかの寄生バチの幼虫に寄生する風変わりなもの(カギバラバチ)など、まちまちである。
 寄生バチ類のなかには植物体に虫(むし)こぶ(虫(ちゅう)えい)をつくって寄生するタマバチ科や、クローバーの種子を食べるクローバータネコバチ(コバチ上科)などの植物食性のハチも一部知られている。
 細腰亜目有剣類は、もっとも進化したグループで、大半は依然として動物食性であるが、母バチが獲物となるほかの昆虫を狩る習性がよく発達している。狩りの対象は幼虫(鱗翅目が多い)や成虫である。産卵管は機能をかえ、獲物を刺し麻痺(まひ)させる毒針に変化している。有剣類のうちの原始的なグループであるアリガタバチ上科とツチバチ上科では、母バチは獲物を発見してこれに卵を産み付けるだけであるが(たとえば、地中のコガネムシの幼虫に産卵するツチバチ、地中のコハナバチの巣に寄生するアリバチなど)、スズメバチ上科、ベッコウバチ上科やジガバチ上科になると母バチが器用に巣をつくるようになり、巣内に幼虫の食糧を貯蔵する。昆虫のなかで狩りや巣づくりの習性がもっともよく発達するのがこのグループ(カリバチ)であり、この器用さはハナバチでも遺憾なく発揮される。クモを狩るベッコウバチ、キリギリスを狩るアナバチ、ハエを狩るトゲムネアナバチ、ヒメハナバチを花の上で狩るツチスガリなど、習性学・行動学上興味は尽きない。また、このグループにはアシナガバチ、スズメバチなど社会性カリバチが発達してくる。アリも社会性を獲得した膜翅目である。
 有剣類の進化の頂点(いいかえれば昆虫の進化の頂点)にたつのがミツバチである。ミツバチはハナバチ上科の一群で、ハナバチ上科はジガバチ上科から進化分岐した一群である。ジガバチ上科の狩猟性と動物食性を捨てて、ふたたび植物食性(花粉と花蜜(かみつ))に戻ったハチである。狩りをするジガバチ類も花を訪れて花粉を食べ花蜜をなめ、自分の体力を養う必要があった。その習性を一歩進め、自分たちの子供までも花粉・花蜜で養うことに切り替えたのがハナバチである。
 ハナバチの進化は、顕花植物の進化とともに相互進化したもので、その起源はおよそ1億年前と推定されている。ハナバチの体は花粉や花蜜を採取し、運搬するのに適した構造になっている。ハナバチと花との関係は興味深い。ミツバチのように多くの種類の花を利用するものもあれば、ハキリバチのようにマメ科植物を好むもの、ヒメハナバチのようにわずか1種の花を好むもの(アンドレーナ・ハリクトイデスとウグイスカグラ)など、種の特異性が顕著である。花とハナバチの関係はギブ・アンド・テイクの共存であるが、ランの花だけは雄バチを誘惑し利用するだけで、ハチには興奮を与えるのみである。
 ハチのなかには自ら労働して営巣せず、ほかのハチの巣に侵入して寄生(労働寄生)するものがある。カリバチ類のセイボウ、サピガ、ヤドリベッコウやハナバチ上科のヒメハナバチヤドリ、トガリハナバチ、ヤドリハナバチ、キマダラハナバチ、ルリモンハナバチなどがそれである。労働寄生バチはカリバチよりもハナバチに多く、皮膚がとくに硬化したり、点刻が強くなったりするなどの共通した特徴がある。また、カリバチのなかにもハナバチ同様に狩りを捨てて花粉・花蜜食に転じた種類(マサリスほか)も少数ではあるが存在する。[平嶋義宏]

生殖法

生物の卵は一般に受精しないと発生をしないが、ハチでは体外に産み落とされた卵はどれでも発生を始め、不受精卵は雄となり、受精卵は雌となる。この特殊な発生は高等な社会性昆虫であるミツバチの生活にも上手に組み込まれ、母バチ(女王バチ)は雄バチと雌バチ(働きバチ)を産み分ける。女王バチがいなくなったミツバチのコロニーでは、働きバチが産卵を始めるが、交尾していないので、産まれてくる子供は雄バチばかりである。これを産雄性単為(処女)生殖という。クリの新芽に寄生するクリタマバチには雄バチがいない。クリタマバチは雌バチが受精しない卵を産み、これから雌バチが生まれてくる。これを産雌性単為(処女)生殖という。ジャガイモキバガの幼虫に寄生するトビコバチの1種コピドソーマは、母バチが産んだ1個の卵から数十匹のハチが生まれてくる。これを多胚(たはい)生殖という。[平嶋義宏]

社会性と社会生物学

大多数のカリバチやハナバチは単独営巣性で、母バチが巣をつくり、育房内に幼虫のための餌(えさ)を蓄え、産卵後に育房の口を閉じる(一括給餌(きゅうじ))。これから進化して、育房の口を閉じず、母バチは子供(幼虫)に餌を与えるものがある(随時給餌)。このようにして親と子の接触が始まる(亜社会性)。コハナバチの仲間には地中の一つの巣穴に複数の母バチが共存するものが出てくるが、母と子の接触はない(側社会性)。クマバチ亜科では造巣を終えた母バチは巣を立ち去らず、子供が生まれ、成長して親バチ(娘バチ)になったあとで、巣の中で親子の共存がおこる(亜社会性)。もっと進んだスズメバチやマルハナバチではカースト(階級)分化がおこり、母バチは女王バチとなり、娘バチは働きバチとなり、集団営巣・育児にあたる(真社会性)。しかし、女王バチは1匹だけでも生存が可能であり、コロニーの出発は1匹の母バチから始まる。これに対してミツバチやハリナシハナバチでは女王は極端に特殊化していて、単独では生存できない(高次真社会性)。多くの社会性ハチ類では女王はつねに1匹であるが、中・南アメリカのヒメアシナガバチの巣には多くの女王バチがいる(多女王制)。ハチの社会性の進化の研究は将来の興味あるテーマの一つである。[平嶋義宏]

民俗

天空を飛びかけるハチの姿は、肉体に出入りする霊魂の働きと結び付けられている。昔話の「夢の蜂」では、男が昼寝をしていると、ハチが鼻から飛び出し、ふたたび鼻に入ったが、男は目を覚まして、夢で宝のありかを知ったと語ったという。「蜂出世(はちしゅっせ)」などでは、ハチがかすかな羽音によって神のことばを伝える役を果たし、「雁(がん)取り爺(じい)」や「猿蟹合戦(さるかにがっせん)」などでは、ハチが鋭い針をもって悪者を懲らしめる役を担っている。
 ハチの行動によって物事の吉凶を占うことは少なくない。ハチが家にきて巣をつくると、多くの場合には縁起がよいと喜ばれるが、土地によっては災難が起こるとして忌まれている。わけても、ハチが巣をかけると火災にあわないとも、逆に火難を受けるともいい、さらに、その巣の高低によって、高い所にかけると大風が吹かず、低い所にかけると大風が吹くなどと伝えられる。いずれにしても、ハチの巣は独特の呪力(じゅりょく)をもつと信じられ、盗人(ぬすっと)や厄病除(よ)けとして家の戸口につるされる。またハチを追い払うのに、口笛を吹いて「アビラウンケンソワカ」と唱え、ハチに刺されると、歯くそや唾(つば)をつけて小石や木の葉を裏返すなど、さまざまな呪法が伝えられている。
 なお、蜂の子が疳(かん)の虫に効くとか、蜂蜜(はちみつ)が腫(は)れ物に効くとかいうような民間療法も、多く知られている。[大島建彦]
 ミツバチは、ヨーロッパでは「主なる神の鳥」とか「マリアの鳥」とかよばれ、畏敬(いけい)の念をもって扱われる。アメリカの農村部では、飼い主やその家族が死ぬと、ミツバチにも知らせる習慣があった。これは、ミツバチが神々の使者で、人間の死を神々に告げるという古い信仰によるといわれるが、むしろミツバチを家守護の精霊とみなす色彩が強い。一般にハチが家にくるのは縁起のよい前兆とされ、日本でもハチが家に巣をつくると、家が栄えるという地方がある。ヨーロッパ人の間でも、古代ギリシア以来近代まで、ミツバチの来訪があると、未知の客が訪れるという。人間の霊魂がハチの姿になって飛び出すという伝えは、北方ユーラシアに広く分布する。ドイツでは、人間の霊魂は死後ミツバチとして現れ、天に行くと伝える。日本の昔話の「夢買い長者」には、仮眠中に霊魂がハチになって鼻から抜け出す話がある。夢は体外に出た霊魂の体験であるとする観念である。同じ伝えはモンゴルにもある。
 ミツバチは古代の神々の象徴にもなっている。古代ギリシアでは、ミツバチはアルテミスの象徴であり、メリッサ(ミツバチ)はデメテルやその娘のペルセフォネなど女性司祭者の称号であった。インドでも、ヒンドゥー教の神々、マドバ(花蜜生まれ)、クリシュナ、ビシュヌの象徴である。
 ボルネオ島には、ハチが巣をつくる野生の喬木(きょうぼく)を、有力者が世襲の財産とする習慣があった。巣から蜜臘(みつろう)を採取して売り、子バチは取り出して食用にする。オーストラリアやニューギニア南部の先住民もハチの蛹(さなぎ)を好む。日本でも、長野県や岐阜県では、幼虫や蛹を「蜂(はち)の子」と称して食用にする。飯山(いいやま)地方(長野県)では、蜂の子を火にあぶり、つけ焼きにして、客をもてなす馳走(ちそう)とした。[小島瓔

文学

『古事記』上「神代」に、大国主神(おおくにぬしのかみ)が須佐之男命(すさのおのみこと)の娘須勢理毘売(すせりびめ)に求婚したときに、蛇(へび)、百足(むかで)、蜂(はち)の部屋に入れられた、とあるのが早い例か。『万葉集』には、ジガバチが「すがる」という名でみえ、「春さればすがるなす野」(巻10)と発生するようすも詠まれているが、「腰細のすがる娘子(をとめ)の」(巻9・高橋虫麻呂(むしまろ))のように、腰のくびれた、美しい姿態の形容に用いられることも多かった。『うつほ物語』「蔵開(くらびらき) 中」には、子宝に恵まれることを「蜂巣(はちす)のごとく産み広ぐめり」と記している。『今昔物語集』巻29には、盗人を蜂が刺し殺した話、蜂と蜘蛛(くも)とが争う話があり、『十訓抄(じっきんしょう)』第1には、蜂が報恩して戦いの手助けをする話がある。藤原宗輔(むねすけ)が蜂をかわいがった話は有名で、『今鏡(いまかがみ)』第6、『古事談(こじだん)』第1、『十訓抄』第1などに伝えられ、『堤中納言(つつみちゅうなごん)物語』「虫めづる姫君」に影響を与えたともいわれる。季題は春。「蜂」「蜂の巣」。[小町谷照彦]
『伊藤嘉昭著『狩りバチの社会進化』(1986・東海大学出版会) ▽岩田久二雄著『本能の進化――蜂の比較習性学的研究』(1981・サイエンティスト社) ▽松浦誠・山根正気著『スズメバチ類の比較行動学』(1984・北海道大学図書刊行会) ▽坂上昭一・前田泰生著『独居から不平等へ――ツヤハナバチとその仲間の生活』(1986・東海大学出版会) ▽山根爽一著『日本の昆虫〔3〕 フタモンアシナガバチ』(1986・文一総合出版)』

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