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ハルハ

世界大百科事典 第2版の解説

ハルハ【Khalkha】

モンゴル国の主要構成民族。起源はハルハ川を含むクレン・ボイル草原に居住した,ジャライル族を主体としたハルハ万戸にある。ダヤン・ハーンは16世紀初めに第5子アルジュ・ボラトと末子ゲレセンジェに,これを所領として与えた。アルジュの子孫は内ハルハとして内モンゴルにとどまり,南下して遼河およびそれ以西に広がり,今のバーリン(巴林),ジャルート(札魯特)などになった。一方,ゲレセンジェの子孫は外ハルハといい,ヘンテイ山脈方面のウリヤンハイ族が滅亡したとき,同地に西進し,また1552年アルタン・ハーンのオイラート族攻撃の結果ハンガイ山脈方面に広がり,現在のハルハの分布に近づいていった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ハルハ
はるは / 喀爾喀
Khalkha

モンゴルの部族名、また地名。清(しん)代にはおもに外モンゴル(モンゴル国のほぼ全域)をさした。ハルハとは、もとはモンゴリア東部に居住した部族の名称で、それは付近を流れるハルハ川に由来したものという。16世紀後半、オイラート部の勢力が外モンゴルから駆逐されると、ハルハ部の領域はその全体に広がった。ハルハは17世紀前半に勢力的に四分され、西にジャサクト・ハン部、アルタン・ハン国、東にトゥシェト・ハン部、チェチェン・ハン部があった。17世紀後半、ジャサクト・ハン部とトゥシェト・ハン部との間に紛争が起こると、その西にあったジュンガル王国のガルダンの介入を招き、1691年ハルハはあげて清朝に帰属した。ガルダンを駆逐したのち、清朝はハルハをジャサクト・ハン部、トゥシェト・ハン部、チェチェン・ハン部の3部、55旗に編成したが、1725年トゥシェト・ハン部からサイン・ノヤン部を分離させ4部とした。その後、旗の数は増加し、乾隆(けんりゅう)年間(1736~95)に86旗となった。[森川哲雄]

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世界大百科事典内のハルハの言及

【ハルハ語】より

…モンゴル語を代表する言語の一つ。モンゴル国の公用語で,同国全域で通行するほか,内モンゴルの全域,また,カルムイク共和国,ブリヤート共和国のモンゴル人にも理解されるので,ハルハ語(あるいはハルハ方言)は,いわば,モンゴル族の共通語的な役割を果たしているということができる。使用人口は150万人を超えると考えられる。西部方言,中央方言,東部方言の三つの方言に分かれ,その下に,いくつかの下位方言も見られるが,総じて方言的差異はそれほど顕著なものではなく,中央方言に属するウランバートル(モンゴル国の首都)の言語を,ハルハ語の標準的言語と見なすことができる。…

※「ハルハ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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