翻訳|panopticon
18世紀後半にイギリスの思想家J.ベンサムによって唱えられた集中型の監獄(刑務所)の形式。一望監視施設(装置)とも訳す。ギリシア語のpan(〈すべての〉の意)とoptikos(〈眼の,視覚の〉の意)に基づく合成語である。
ベンサムは経済学,法理論,社会思想などの分野でさまざまな業績を残したが,刑務所の改革という点でも重要な役割を果たした。彼は1790年代に功利主義思想に基づき,〈道徳の改革,健康の維持,勤勉の涵養(かんよう),教育の普及〉のための矯正施設として監獄をとらえ,従来の監獄を一新する形式を提唱した。〈パノプティコン〉と呼ばれるこの形式は,中心に円形の監視施設があり,そこから放射状に囚人棟が突き出したものである。囚人棟の中央が廊下となり,その両側が独房となっており,監視施設からすべての房が見渡せるようになっていた。さらに,建物の上部はガラス屋根となり,昼光を建物内部にまで導き入れるものであった。
監獄は,18世紀以前には裁判や刑の執行を待つための一時的な収容所としての意味合いが強く,それが刑によって定められた社会的な隔離(刑務)を果たすための施設として認知されるようになったのは18世紀後半になってからである。ベンサムのパノプティコンは,囚人たちが一定期間そこで過ごすためのもっとも効率よい,いわば近代的な施設として考案されたわけである。しかし,彼の提案は本国イギリスでは実施に移されず,むしろ外国に影響を与え,オランダのブレダ監獄,アメリカ,イリノイ州ジョリエットJoliet近郊のステートビルStateville監獄などにその姿を認めることができる。
もっとも,多くの人々の行為を一点から監視できるというパノプティコンの考え方は,監獄に限られたわけではなく,近代的な諸施設がそうした監視の構造を有している。たとえば病院や学校,図書館などでも,管理上,サービス上の観点から集中型の形式が好まれることも少なくなかった。とりわけ制度史の観点から眺めた場合,この種の施設の出現は,個人と集団や社会との関係を監視の機構によって規定したという点で興味深く,M.フーコーらによる一連の制度史研究(フーコーの《監獄の誕生》1975など)の中でも,近代社会を特徴づける施設のあり方として論じられている。
なお,パノプティコンは望遠鏡と顕微鏡を組み合わせた光学器械〈望遠顕微鏡〉のことを指していうこともある。
→刑務所
執筆者:三宅 理一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
イギリスの功利主義哲学者、法学者であるジェレミー・ベンサムが考案した刑務所の囚人監視施設の方式。一望監視施設と訳される。panopticonはギリシア語のpan(全)とoptikos(視覚の)の合成語。
その原理は、建物の中心に監視塔があり、その中心に向けて囚人の独房が放射状に仕切られて配列されている。独房には監視塔に面した窓と、建物の外に向かった窓があるだけで、各独房は仕切りで隔離されている。囚人の姿は塔からの光線を受けてつねに見えるようになっており、塔の監視所にいる看守から監視されている。囚人はほかの囚人と接触することはできない。囚人は看守からつねに監視されていることを意識しているが、看守のようすは知ることができない。
ベンサムは著書『刑罰理論』でこれを理想的な刑務所として提案し、政府にその採択を進言した。また自らも自己資金で計画を実現しようとしたが、議会は彼の提案を採択しなかった。しかしやがてこのパノプティコンは、少数の監視者による有効な監視施設として、各国の刑務所で採用されるようになった。
フランスの哲学者ミシェル・フーコーがその著書『監獄の誕生――監視と処罰』(1975)のなかでこれを紹介したことによって、広くその名が知られるようになった。フーコーはこのパノプティコンを、近代社会で権力をもつ少数者による多数の個人の監視と教化の仕組みを象徴的に具現したものとみなしている。
[久米 博]
『ミシェル・フーコー著、田村俶訳『監獄の誕生――監視と処罰』(1977・新潮社)』▽『郡洋著『日本のパノプティコン――官僚主義支配と集団主義支配の社会』(1994・三一書房)』
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…ウォリンガーなど,ドイツの史家がこの伝統に属する。しかし,この伝統を受けつぎながらも,芸術様式を思想・精神様式との関連のもとに考察したのは,パノフスキーである。彼はゴシック教会堂のプランと建築構造が,ゴシック時代のスコラ学の哲学体系に一致することを論証した。…
…しいて要約すれば,第1の型は死後の再生によって死の恐怖から逃れようとするもの,第2の型は,名声と記憶によりこの地上に生命を長からしめんとするものである。パノフスキーは前者を〈死後志向型〉,後者を〈生志向型〉と呼ぶが,究極においては,ともに,いかに人類が死と和解しようとしてきたかを表しているといえよう。
[生と死の対面]
第3の型は,このいずれとも異なり,生の最中にこれを脅かし,破壊する恐るべき死神としての〈死〉の表現である。…
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※「パノプティコン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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