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パレスティナ問題 パレスティナもんだい

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百科事典マイペディアの解説

パレスティナ問題【パレスティナもんだい】

パレスティナをめぐるアラブ勢力とイスラエルの間の紛争。19世紀初めからシオニズム運動の高まりの結果,ユダヤ人パレスティナ流入が盛んになった。第1次大戦中,英国が,フサイン=マクマホン書簡アラブ人に,バルフォア宣言でユダヤ人に,それぞれパレスティナにおける建国を約束するという矛盾した政策をとったため,戦後両民族の対立が激化した。
→関連項目アッバスイスラエルインティファーダエルサレムサイクス=ピコ協定聖地問題第1次世界大戦中東パレスティナ自治政府バンチユダヤ人ヨルダン

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世界大百科事典 第2版の解説

パレスティナもんだい【パレスティナ問題】

アラブ分割政策(アラブのユダヤ教徒を〈ユダヤ人〉として扱い,これを非ユダヤ教徒としての〈アラブ〉から切り離す)と独特の植民地主義(世界のユダヤ人World Jewryすなわち離散の地diasporaのユダヤ人のパレスティナ植民を国際的に組織する)とを結合させるシオニズム運動(1948年以降はイスラエル国家)と,これを19世紀の東方問題に代わる20世紀の中東支配・管理のための基軸的装置として利用しようとした強国(1917年バルフォア宣言から第2次世界大戦まではイギリスフランス,ことにイギリス,第2次世界大戦から1967年まではアメリカ,ソ連,67年以後は主としてアメリカ)の政策とが,からみあってつくり出してきた国際的・社会的紛争。

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世界大百科事典内のパレスティナ問題の言及

【中東戦争】より

…一方,イギリスはナチズムの中東への浸透を恐れ,こうしてパレスティナの事態はアラブ,イギリス各政府の共通の関心事となり,30年代を通じてアラブ諸国がパレスティナの問題に介入してゆく。第2次大戦後,経済的に疲弊したイギリスにはもはや事態を抑える力がなく,47年2月パレスティナ問題を国連にゆだねることに決定した。4月,国連特別総会が招集され,国連パレスティナ特別委員会United Nations Special Committee on Palestine(UNSCOP)の報告に基づき,11月29日国連総会はパレスティナの分割を決議し(パレスティナ分割決議),イギリス政府は48年5月15日をもって委任統治を終結することを決定した。…

【中東和平問題】より

…77年11月エジプトのサーダート大統領がイスラエルを訪問したのを機に,エジプト,イスラエル間に和平の気運が高まり,78年9月のキャンプ・デービッド合意をへて,79年3月,エジプトとイスラエルは平和条約に調印した。第4次戦争のあと,国際世論はパレスティナ問題の解決なくして中東和平はありえないとの点で一致したが,この最初の平和条約はパレスティナ人の存在を素通りしたものであった。 その後,中東はイラン・イスラム革命に揺れ,イラン・イラク戦争に注意を奪われる一方で,82年6月イスラエル軍がレバノンに侵攻し,パレスティナ・ゲリラの基地を一掃する作戦を展開した。…

※「パレスティナ問題」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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