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ヒンデミット ヒンデミットHindemith, Paul

7件 の用語解説(ヒンデミットの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヒンデミット
ヒンデミット
Hindemith, Paul

[生]1895.11.16. ハーナウ
[没]1963.12.28. フランクフルトアムマイン
ドイツの作曲家。フランクフルトの高等音楽学校で学んだ。 1915~23年フランクフルト歌劇場のコンサートマスターアマール四重奏団のビオラ奏者。ドナウエッシンゲンバーデン=バーデンの現代音楽祭創設に参加し,新進作曲家としての地位を確立した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

ヒンデミット(Paul Hindemith)

[1895~1963]ドイツの作曲家。無調性対位法などの手法により、後期ロマン派から脱却した作風を開いた。また、やさしい実用音楽を主張。交響曲「画家マティス」など。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

ヒンデミット

ドイツの作曲家。少年時代から早熟な才能を発揮し,14歳でフランクフルトのホーホ音楽院に入学。同地の歌劇場のコンサートマスター,自ら結成したアマール・ヒンデミット弦楽四重奏団のビオラ奏者として活動する一方,作曲家として名声を高め,1927年ベルリン高等音楽学校の作曲科教授となる。
→関連項目クーセビツキークレンペラーブレーン

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

ヒンデミット

ドイツの作曲家、ヴァイオリニスト、指揮者。ヴァイオリン奏者として早くから活動し、また音楽院入学後はピアノクラリネットなどを学んで、さまざまな楽器演奏に才能を発揮した。第一次大戦に従軍した際には、軍楽 ...続き

出典|(社)全日本ピアノ指導者協会
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世界大百科事典 第2版の解説

ヒンデミット【Paul Hindemith】

1895‐1963
ドイツの作曲家。フランクフルト・アム・マインの音楽院で学ぶ。最初はバイオリニストとして名を成す。1921年《弦楽四重奏曲第2番》で作曲家として認められ,27年ベルリン高等音楽学校の作曲科教授となる。38年,ナチスに追われて亡命,40年アメリカへ渡りイェール大学で客員教授となる。第2次大戦後スイスへ移り,晩年は指揮者として活躍。56年にはウィーンフィルハーモニー管弦楽団の指揮者として来日した。 彼の作風は明快な楽想,躍動的なリズムによって後期ロマン派の主情主義を一掃し,第1次大戦後〈新音楽〉として迎えられ,〈新即物主義〉と呼ばれる

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大辞林 第三版の解説

ヒンデミット【Paul Hindemith】

1895~1963) ドイツの作曲家。反ロマン主義的な、古典的手法を尊重した作風で新風を送る。教育者としても活躍、理論書や学校用の作品を書いた。代表作、オペラ「画家マチス」および同名の交響曲。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヒンデミット
ひんでみっと
Paul Hindemith
(1895―1963)

ドイツの作曲家。ハーナウに生まれる。フランクフルトのホーホ音楽院でバイオリンと作曲を学ぶ(1909~17)。フランクフルト歌劇場管弦楽団のコンサートマスター(1915~23)、アマール・ヒンデミット四重奏団のビオラ奏者(1921~29)など、演奏家として活躍する一方、ベルリン高等音楽学校の作曲科教授に就任(1927)。しかしナチスに追われてアメリカに移住し(1940)、エール大学(1940~53)、さらに第二次世界大戦後はスイスに渡り、チューリヒ大学で教鞭(きょうべん)をとった(1951~55)。晩年は指揮者として世界各地を訪れ、日本にも1956年(昭和31)ウィーン・フィルハーモニーとともに訪れている。フランクフルト・アム・マインで没。彼の作曲活動は第一次大戦後から本格的に始まり、その作品は各ジャンルにわたって膨大な数に上るが、西洋音楽の転換期にあって、理論に裏づけされた調性組織の合理的再考と新古典主義的作風によって新しい方向を提示した。中世の画家マティス・グリューネワルトのイーゼンハイム祭壇画によるオペラ『画家マティス』(1934~35)と、同題の交響曲(1934)がよく知られている。[寺田由美子]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のヒンデミットの言及

【グリューネワルト】より

… なお,激動の時代に生き,しかも今なお多くのなぞに包まれている彼の生涯は,とくに1930‐40年代にいくつかの小説の題材となった。また作曲家ヒンデミットの,みずから台本を書いたオペラ《画家マティスMathis der Maler》(1934‐35),および同名の交響曲(1934)はグリューネワルトの生涯や《イーゼンハイム祭壇画》を主題としたもの。【千足 伸行】。…

【新古典主義】より

…彼らが回復しようとしたものは古典派音楽やバッハ,ヘンデル,ラモーなど後期バロックの諸形式であるが,和声的には調性を保ちながらも不協和音を巧みに用いて音響を豊かにした。ドイツではブゾーニが早くから新古典的な理念を主張しており,第1次大戦後はヒンデミットやK.ワイルがその代表となる。彼らは〈新即物主義〉とも呼ばれ,とくにヒンデミットは〈実用音楽〉という考えを唱えた。…

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