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現代音楽 げんだいおんがく modern music; contemporary music

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

現代音楽
げんだいおんがく
modern music; contemporary music

この語は「古典派音楽」「ロマン派音楽」のように音楽史上の様式概念を含まないため,明確な定義はしがたい。最も広義には,同時代の音楽,すなわち「20世紀音楽」とほぼ同義に用いられ,また狭義には,第2次世界大戦以後に生れた種々の新しい様式,いわゆる「前衛音楽」をさす。

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デジタル大辞泉の解説

げんだい‐おんがく【現代音楽】

西洋の芸術音楽で、第一次大戦以降の音楽の総称。ストラビンスキーシェーンベルクらに始まる。広義には20世紀以降の音楽、狭義には第二次大戦以降の音楽を指すこともある。

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音楽用語ダスの解説

現代音楽

ポピュラー以外のジャンルにおいて、20世紀初頭以後作られた音楽をいう。まず20世紀初頭では、調性の破壊や曖昧さをねらったドビュッシーラヴェル印象主義ストラヴィンスキー、バルトークらの原始主義、シェーンベルクに代表される表現主義などなどが有名。第二次世界大戦前には、新古典主義や十二音の技法などが現れた。そして、大戦後にはジョンケージらの偶然性の音楽シェッフェルらのミュージック・コンクレート(テープレコーダーを駆使して、非楽音までも取り込んだ音楽)などが登場。そして現在、デジタルメディアコンピューター・ミュージックの発展により、かつて想像もされなかった音楽の登場が期待される。

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世界大百科事典 第2版の解説

げんだいおんがく【現代音楽】

現代の音楽の総称であるが,〈現代〉と〈音楽〉の定義がまちまちであるため,意味内容が一定していない。〈現代音楽〉の用語と並行して,〈近代音楽〉〈新音楽〉〈前衛音楽〉〈実験音楽〉〈今日の音楽〉などの用語も用いられる。これらの音楽用語は,微妙なニュアンスの相違はあるものの,ほぼ〈現代音楽〉の同義語として用いられ,新しい思想と技法による芸術音楽をさす場合が多い。〈現代音楽〉という用語は,ジャズや流行歌など大衆音楽の分野では用いられず,広義には20世紀の芸術音楽,狭義には第2次世界大戦後の芸術音楽を意味する。

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大辞林 第三版の解説

げんだいおんがく【現代音楽】

一般には、第一次大戦以後の芸術音楽をさす語。広義には、ドビュッシー以後の二〇世紀の音楽全体、狭義には第二次大戦後のさまざまな新しい傾向の芸術音楽をさす。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

現代音楽
げんだいおんがく

現代芸術においては、その「現代性」の解釈があまりにも多様であるため、「現代音楽」も単純には定義できない。現代音楽が20世紀以降の音楽全体をさす場合もあれば、第二次世界大戦後の音楽に限定される場合もある。歴史的にも、様式的にもあいまいな用語であるが、ここでは20世紀以降の芸術音楽(シリアス・ミュージック)の特徴的な運動、手法、様式などの傾向を、二つの世界大戦によって分けられた三つの時期に分けて扱うことにする。[船山 隆・細川周平]

第一次世界大戦前

19世紀後半に始まった後期ロマン主義が成熟、崩壊していくにつれて、20世紀独自の音楽が生み出されていった。レーガー、リヒャルト・シュトラウス、マーラーらの転調の激しい、したがって調的安定性を失った後期ロマン派の音楽は、一方でドビュッシーの印象主義音楽、他方ではシェーンベルクの表現主義音楽を生んだ。印象主義では全音音階、微妙なリズムとテンポの揺れ、豊かで色彩的なオーケストレーションが、表現主義では無調と無主題の技法による内面の自我の主体的表現、重厚なオーケストレーションが特徴であった。
 ドビュッシーの愛好した瞬間的イメージ、雲や風など不定的な流動性は、ラベル、ルーセル、ストラビンスキー、ファリャらの同時代人に大きな影響を与え、のちにメシアン、ブーレーズがこのフランスの響き感覚を引き継ぐ。またシェーンベルクは無調音楽を理論づけ、1920年代の十二音主義(十二音音楽)、後のセリー音楽の基礎を築いた。この2人と並ぶ大作曲家、バルトークとストラビンスキーは、それぞれ民族主義と原始主義を代表する。2人とも初期にはドビュッシーの印象主義に触発されたが、ハンガリー、ロシアの民族的な感覚を尊重した非西欧的音楽を開花させた。コダーイ、ファリャ、ヤナーチェクらがこの流れに属する。[船山 隆・細川周平]

両大戦間

この時期には後期ロマン主義の終焉(しゅうえん)とその反動としての新古典主義音楽の台頭が目だつ。ことに第一次世界大戦前に『火の鳥』『ペトルーシュカ』『春の祭典』というバレエ曲によって原始主義的なダイナミズムを推し進めたストラビンスキーは、ペルゴレージその他の作品を編曲した『プルチネッラ』(1919~1920)以降、『マブラ』(1921~1922)、『オイディプス王』(1926~1927)、『詩篇(しへん)交響曲』(1930)など、前古典期、バロック期の音楽の形式感を重んじた作品を残した。ミヨー、オネゲルらのフランスの「六人組」も、新古典主義を第一次世界大戦前から追究していたサティの音楽に追随した。新古典主義の同時代に、やはり反ロマン主義(とくに反ワーグナー主義)、反表現主義を標榜(ひょうぼう)したのは、ドイツのヒンデミット、ワイルの新即物主義(ノイエ・ザハリヒカイト)である。彼らは主観的な感情世界の表出ではなく、客観的な合目的性、実用性を重んじ、時のキャバレー文化や学校教育と結び付いた創作を行った。ヒンデミットの「実用音楽」という主張、ワイルの『三文オペラ』(1928)は、その代表とされる。
 この時期、ウィーンではシェーンベルクが1920~1923年に作曲した『五つのピアノ曲』(作品23)と『セレナード』(作品24)で無調技法をさらに徹底させ、組織化した十二音技法を試み、弟子のベルクとウェーベルンもこれに続いた。このうちベルクは、文学性、叙情性を深くたたえ、『バイオリン、ピアノと13の管楽器のための室内協奏曲』(1923~1925)、『バイオリン協奏曲』(1935)、未完のオペラ『ルル』などで、十二音音楽に調性的な響きを加味した微妙な陰影をもつ作風をもっていた。逆にウェーベルンは十二音技法をさらに理論的につきつめ、その厳密な音列(セリー)の操作による禁欲的なスタイルは、第二次世界大戦後の音楽にきわめて大きな影響を与えることになる。
 バルトークは、自己のマジャールの民族音楽研究を基盤に、『弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽』(1936)、『2台のピアノと打楽器のためのソナタ』(1937)などで、倍音列音階、機能近親、黄金分割などの数的な秩序を導入し、新たな音楽語法を模索した。またメシアンは、第二次世界大戦前、神智(しんち)学に接近し、宗教的・神秘的音楽を創造したスクリャービンやドビュッシーの全音音階やリズム法、シェーンベルクの無調技法に影響されながら、「非可逆的リズム」「移調の限定された旋法」という新たな技法を編み出し、『世の終りのための四重奏曲』(1941)、『アーメンの幻影』(1943)などのカトリック神秘主義的作品を残した。彼はドビュッシーとブーレーズをつなぐ橋渡しの役を担っている。
 スターリン時代のソ連では、西欧的傾向を、党が「資本主義的ブルジョア芸術」として排除したため、1920年代に芽生えていた十二音音楽や非分割的リズムなど、いわゆる「ロシア・アバンギャルド」の前衛的作品は批判され、19世紀的なロマン主義、それ以前の古典主義が逆に深く浸透した。この時期の作曲家では、プロコフィエフ、ショスタコビチ、ハチャトゥリアン、カバレフスキーらがことに有名である。[船山 隆・細川周平]

第二次世界大戦後


セリー音楽
ウェーベルンは、誤ってアメリカ軍占領兵士に射殺された(1945. 9. 15)。その悲劇的な死で始まった戦後は、まず1946年から毎年夏に開かれていたドイツのダルムシュタット夏期音楽講座に新たな立脚点をもった。ここに集まったブーレーズ、シュトックハウゼン、ノーノ、ベリオ、プスールHenri Pousseur(1929―2009)らは、音高のみに順列・組合せの原理を用いていたシェーンベルクの十二音技法を、ウェーベルンの音列理論を足掛りに、音価、強弱、音色、音高に拡大適用し、総セリー音楽(セリー・アンテグラル)を完成した。なかでも講師であったメシアンの『音価と強度のモード』(1949)、ブーレーズの『2台のピアノのためのストリュクチュール』(1951)、シュトックハウゼンの『ピアノ曲』(1952~53)、『三つのオーケストラのための群』(1955~1957)、ノーノの『バリアンティ』(1957)などがこの傾向をもった代表作である。総セリーへの関心は、やがて音群やトーン・クラスター(音塊)、そして電子音楽に移行していった。[船山 隆・細川周平]
トーン・クラスター技法
総セリー主義が活力を失い始めると同時に、トーン・クラスター技法(音塊技法)が注目されだした。これは、ある範囲の音高をもった音を同時に演奏する技法で、第二次世界大戦前、アメリカのカウエルHenry Dixon Cowell(1897―1965)やアイブス、アメリカに亡命したバレーズらがすでに部分的に試みていたが、1950年代の終わり、カーゲル、リゲティ、ペンデレツキによって全面的な作曲技法として認められるようになった。この3人がいずれも非西欧の生まれであることも注目してよい。ハンガリー生まれのリゲティは1958~1959年の『出現』で初めてトーン・クラスターを試みたあと、『アトモスフェール』(1961)、『ボルーミナ』(1961~1962)で語法として完成する。ポーランド生まれのペンデレツキは『広島の犠牲者への哀歌』(1960)で、弦楽器の非伝統的な奏法の一つとして4分音によるクラスターを採用し、雑音に似た効果を生み出した。ケージやブーレーズの作品にもこの技法がみられる。[船山 隆・細川周平]
ミュージック・コンクレートと電子音楽
1948年シェフェールPierre Schaeffer(1910―1995)は、パリのラジオ局で、録音した自然の音や人声、機械音を電気的、機械的に加工するミュージック・コンクレート(具体音楽)を初めて試みた。彼には作曲家のアンリPierre Henry(1927― )が協力し、『あいまいさの協奏曲』(1950)や『オルフェウス53』(1953)などが発表された。一方、ケルンのラジオ局では、アイメルトHerbert Eimert(1897―1972)やシュトックハウゼンが、発振器音を加工する電子音楽を1953年に発表した。自然音、電子音の両者を音源としてセリー的に電子変形するタイプの音楽(たとえばシュトックハウゼンの『少年の歌』1955~1956)もすぐにつくられ、ミュージック・コンクレートと電子音楽を厳然と区別することは不可能になった。
 次の段階では、クセナキスの『類比A+B』(1958~1959)やカーゲルの『変移』(1958~1960)などのように、あらかじめ録音されたテープと生(なま)の楽器との同時演奏が始まり、さらに舞台上での生演奏(ライブ・エレクトロニック音楽)も、電子機器の軽量化に伴って可能になった(ケージの『カートリッジ・ミュージック』1960、シュトックハウゼンの『混合』1964)。こうしたテクノロジーの介入は、必然的にコンピュータ・ミュージックの誕生につながった。戦争中の暗号解読と通信の技術から始まった情報工学は、確率理論を飛躍的に進歩させ、音楽を音の出現の確率によって作曲することが考えられるようになった。その歴史は、ヒラーLejaren A. Hiller(1924―1994)とアイザクソンLeonard M. Isaacsonがイリノイ大学のコンピュータを用いて作曲した『イリアック組曲』(1957出版)から始まるが、むしろパリを中心に活躍するクセナキスが理論的にも実践的にも大きな方向性を与えたというべきだろう。作曲家であると同時に建築家としても著名なクセナキスは、モントリオール万国博覧会に際して作曲した『ポリトープ』(1967)で、建造物の構造と音楽の構造を同一の数学的原理を用いて組み立て、新たな総合的な芸術の方向性を打ち出した。[船山 隆・細川周平]
ケージ以後
第二次世界大戦後の音楽の大きな特徴の一つに、偶然性の探求があげられる。アメリカのケージは、東洋の禅や易の思想に影響されながら、1950年代に入って、作曲家が一意的に演奏家を指示しない作品を試みた。偶然性は、(1)作曲家と楽譜の間におこるもの、(2)楽譜と演奏者の間におこるもの、(3)演奏者と音の間におこるもの、(4)音と聴き手の間におこるもの、の四つに大きく分類できるだろう。ケージは1954年にヨーロッパを訪れ、初めて偶然性の音楽『1人のピアノ奏者のための34分46.776秒』を紹介し、ヨーロッパ音楽界に大きな衝撃を与えた。ブーレーズは『ピアノ・ソナタ3番』(1955~57)、『プリ・スロン・プリ――マラルメの五つの肖像』(1957~62)、シュトックハウゼンは『ピアノ曲11番』(1956)をそれぞれ発表し、楽譜の入れ換えなどの「管理された偶然性」に基づく作品を残した。クセナキスもまた、数学的に体系づけられた偶然性を採用した。
 1960年代以降、多くの音楽家が、この偶然性の音楽、ハプニング、パフォーミング・アーツ、フリー・ジャズや非西欧の音楽、ライブ・エレクトロニック音楽の混合された結果として、集団即興演奏を行ってきた。ここでは、グロボカールのニュー・フォニック・アート、エバンジェリスティFranco Evangelisti(1926―1980)のヌオバ・コンソナンツァ、カーデューCornelius Cardew(1936―1981)のスクラッチ・オーケストラの名をあげるにとどめる。
 1970年代に入ってからの大きな流れとして、アメリカのラ・モンテ・ヤング、ライリーTerry Riley(1935― )、ライヒ、グラスPhilip Glass(1937― )らのミニマル音楽と、ドイツのライマンAribert Reimann(1936― )、リームWolfgang Rihm(1952― )らのネオ・ロマン主義やアメリカのクラムGeorge Crumb(1929― )やドラックマンJacob Druckman(1928―1996)のニュー・ロマンティシズムの二つを紹介しておこう。前者は、1音あるいは短い音形を反復して構成される音楽で、思想的にはケージの不確定性の音楽からきているが、インド、アフリカの旋律やリズムの影響、電子オルガン、シンセサイザーなどテクノロジーの介入もまた目だつ。後者は、あらゆる前衛的手法、実験的手法がもたらした主知的傾向への反動として生まれ、19世紀的なオーケストレーション、形式への回帰がみられ、作曲家の内面的心情や不安を主観的に表現することに主眼が置かれている。[船山 隆・細川周平]
1980年代以降
1980年代以降はこれまでヨーロッパの「周辺」と位置づけられてきた東欧、北欧の音楽が広く知られるようになった。リトアニアのアーボ・ペールトArvo Prt(1935― )、ロシアのソフィア・グバイドゥーリナSofiya Asgatovna Gubaydulina(1931― )、エディソン・デニソフEdison Vasil'yevich Denisov(1929―1996)、アルフレッド・シュニトケAl'fred Shnitke(1934―1998)、ポーランドのヘンリク・ミコワイ・グレツキらで、複数の様式を使ったり、中世の旋法を素材として再発見してグレゴリオ聖歌に通じる静謐(せいひつ)な響きの小宇宙をつくりだしている。一方アメリカでは、カール・ストーンCarl Stone(1953― )のようにパーソナルコンピュータを利用したり、ジョン・ゾーンのようにアニメーション映画やジャズから多くを得た作曲家がアカデミアの外で活躍し、「現代音楽」という閉域に揺さぶりをかけている。
 1990年代には、これまで述べたすべての潮流、つまり民族主義からコンピュータ・ミュージックまでが横並びとなって、1人の作曲家、また一つの作品のなかで折衷されるのが普通になり、従来のような支配的な様式の変遷史ではとらえられなくなった。演奏と作曲の区別、ポピュラー音楽とコンサート音楽(クラシック音楽)の区別もあいまいになり、たとえば先にあげたゾーンは、1980年代後半よりユダヤ的な要素を大きく取り入れた即興演奏や作曲を行いながら、映画音楽ではロック的な要素を用いたりしている。中国のコンサート音楽の先鋭としてデビューした譚盾(タン・ドゥン、1957― )が、香港映画『グリーン・デスティニー』の音楽で2001年アカデミー賞のオリジナル作曲賞を受賞したのも、かつての東洋と西洋、クラシックとポピュラーの境界線が崩れたことをよく物語っている。また、かつて実験室で細々とつくられていた電子音楽が、いまや形を変えてダンス・ミュージックの一つとして巨大なパーティーで演奏されるというのも、1990年代以降の新しい現象であろう。[船山 隆・細川周平]

日本


第二次世界大戦以前
日本では、洋楽の流れをくんだ作曲家の系譜は滝廉太郎(れんたろう)に始まるが、本格的に作品を出版・演奏したのは山田耕筰(こうさく)が最初であった。大正期から海外で自作を演奏・指揮した山田は、伝統的な音階を用いた民族主義的な技法の基礎を築いた。彼の神髄は歌曲、ピアノ曲にあるが、昭和期になると、協奏曲や管弦楽曲で民族主義的な作風を発揮する作曲家が多く現れた。西洋の新古典主義や東欧・ロシアの新しい音楽が以前よりもたやすく入るようになって、ドイツ一辺倒だった楽壇に刺激を与えたり、国内の管弦楽団の実力が向上したことがその要因と考えられる。この時期に登場した代表的な作曲家としては、伊福部昭(いふくべあきら)、貴志康一(1909―1937)、清瀬保二(やすじ)(1900―1981)、信時潔(のぶとききよし)、早坂文雄、箕作秋吉(みつくりしゅうきち)(1895―1971)らがあげられる。その後、太平洋戦争が進むにつれて、民族主義は超国家主義と結びつき、山田をリーダーにナチス・ドイツを模範とした音楽生活全体の統制が行われた。[細川周平]
第二次世界大戦以降
第二次世界大戦後は戦前の統制への反動から、1950年代に入野義朗(よしろう)、柴田南雄(しばたみなお)らにより、戦前には顧みられなかった十二音技法が研究されたり、黛(まゆずみ)敏郎が電子音楽を試みるなど、普遍的な傾向につながろうとする作曲家が現れた。しかし同時に、武満徹(たけみつとおる)、芥川也寸志(やすし)、團伊玖磨(だんいくま)らが日本的なものの追求も始めた。1960年代初頭には、ケージの偶然性の手法に傾倒した一柳慧(いちやなぎとし)、クセナキスよりコンピュータの手法を学んだ高橋悠治(ゆうじ)が現れ、海外の現代音楽祭への出品や演奏の機会、来日する作曲家・演奏家も増えて、日本人作曲家も、国際的な作曲家サークルのなかにしっかりと足場を築いていった。石井真木(まき)、八村義夫(はちむらよしお)(1938―1985)、松村禎三(ていぞう)、間宮芳生(みちお)、三善晃(みよしあきら)、諸井誠(もろいまこと)(1930―2013)、湯浅譲二らは、欧米の技法を十分に消化しながら、日本的なものがどれだけ意識されるかどうかは別として、自己の響きをつくり出そうとした。1970年代に登場した近藤譲(じょう)(1947― )、1980年代に登場した細川俊夫(1955― )や藤枝守(1955― )、1990年代の池田亮司(りょうじ)(1966― )は、武満の世代の作曲家とは違った考え方で、日本的なもの、個体性というものを追究している。[細川周平]
伝統邦楽との交流
洋楽系の流れとは別に、伝統的な邦楽(日本音楽)においても、1920年代の宮城道雄(みやぎみちお)、中尾都山(とざん)らの新日本音楽運動以来、レパートリー、奏法、演奏形態の拡大がたえず行われている。いわゆる現代邦楽の作曲家は、唯是震一(ゆいぜしんいち)(1923― )のように演奏家を兼ねているのが特徴だが、前述した洋楽系の作曲家も、雅楽や尺八から琵琶(びわ)や和太鼓に至るまで、いろいろな形で自作に伝統楽器を用いてきた。また、海外の作曲家が、日本の伝統楽器のために曲を提供することも頻繁にみられ、新たな文化交流の波がおこっている。[細川周平]
『ヤニス・クセナキス著、高橋悠治訳『音楽と建築』(1975・全音楽譜出版社) ▽吉田秀和著『現代音楽を考える』(1975・新潮社) ▽ピエール・ブーレーズ著、店村新次訳『意志と偶然』(1977・法政大学出版局) ▽E・カルコシュカ著、入野義朗訳『現代音楽の記譜』(1978・全音楽譜出版社) ▽秋山邦晴著『日本の現代作曲家たち』上下(1978・音楽之友社) ▽ジョン・ケージ、ダニエル・シャルル著、青山マミ訳『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』(1982・青土社) ▽ピエール・ブーレーズ著、船山隆・笠羽映子訳『ブーレーズ音楽論――徒弟の覚書』(1982・晶文社) ▽船山隆著『現代音楽』全2冊(1983・小沢書店) ▽ダニエル・シャルル著、岩佐鉄男訳『ジョン・ケージ』(1987・白馬書房) ▽細川周平著『レコードの美学』(1990・勁草書房) ▽マイケル・ナイマン著、椎名亮輔訳『実験音楽――ケージとその後』(1992・水声社) ▽庄野進著『音へのたちあい――ポストモダン・ミュージックの布置』(1992・青土社) ▽松平頼暁著『現代音楽のパサージュ――20.5世紀の音楽』(1995・青土社) ▽ジョン・ケージ著、柿沼敏江訳『サイレンス』(1996・水声社) ▽ピエール・ブーレーズ著、笠羽映子訳『現代音楽を考える』(1996・青土社) ▽ビリー・ハーグマン、リチャード・ホーン著、若尾裕訳『実験的ポップ・ミュージックの軌跡』(1997・勁草書房) ▽カールハインツ・シュトックハウゼン著、清水穣訳『シュトックハウゼン音楽論集』(1999・現代思潮社) ▽武満徹著『武満徹著作集』全5巻(2000・新潮社) ▽小沼純一著『サウンド・エシックス』(平凡社新書)』

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