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フェリー Ferry, Jules (-François-Camille)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フェリー
Ferry, Jules (-François-Camille)

[生]1832.4.5. ボージュ,サンディエ
[没]1893.3.17. パリ
フランスの政治家,弁護士。第二帝政を強く批判。 1869年の総選挙では急進共和派に属して当選したが,次第に急進派から離れて共和派のオポルテュニスト (日和見主義者) となった。普仏戦争が始ると,国防政府に協力,セーヌ県知事,パリ市長となり,パリ・コミューン (1871) まで首都の行政にあたった。 72~73年アテネ大使をつとめたのち,文相,首相,外相として 79~85年権力の座にあり,特に初等教育の無償,義務の原則を打立てて教育改革を試み,またチュニジア,コンゴ,トンキンにおけるフランス植民地膨張政策を展開して急進派と激しく対立した。

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世界大百科事典 第2版の解説

フェリー【ferry】

河川,海峡,内海などで隔てられた2地点を船で連絡すること。いわゆる渡し船による小規模なものから,列車ごと航送するものまでさまざまな形態があるが,現在では旅客輸送とあわせて自動車航送を行うカーフェリーが代表的である。今日のフェリーの原型は1850年にイギリスで初めて貨車を積んだ歴史にまでさかのぼる。近代的なフェリーは第2次大戦後のヨーロッパで発達のスタートを切り,とくにドーバー海峡の横断航路で発達した。

フェリー【Jules François Camille Ferry】

1832‐93
フランスの政治家。第三共和政下の1880年代に首相また文相となり,植民地侵略を推進すると同時に,内政では初等教育の義務化,世俗化,無償化を実現し,共和政の確立に努めた。1869年,第二帝政批判の立場から立法院議員に当選し,70年の帝政崩壊で国防政府に参加,ついでプロシア軍包囲下のパリ市長,パリ・コミューン弾圧後のセーヌ県知事となった。こうしてティエールの考えた保守的共和政確立の路線に従って,王党派とは対立する共和派の政治家として成長した。

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大辞林 第三版の解説

フェリー【ferry】

フェリーボートの略。 「カー--」

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世界大百科事典内のフェリーの言及

【宗教教育】より

…これは学校と教会の役割の分離の理論化であり,信仰を私事とする近代民主主義思想の当然の結論である。義務,無償,世俗という近代学校教育制度の三原則を確立した1882年のJ.F.C.フェリーによる改革では,教育科目としての〈道徳・宗教〉科は〈道徳・市民〉科とかわり,公立小学校からいっさいの宗教教授を除外し,かわりに日曜日以外の週1日を休校日とし,この日を家庭が信じる宗教・宗派の教会での宗教教育にあてる日とした。1902年にはこの措置を国公立の中等学校にも適用し,04年には修道会による普通教育機関の経営を禁止した。…

【ビュイッソン】より

…27年ノーベル平和賞受賞。1881‐82年,J.F.C.フェリーの教育改革(公立学校の無償,義務教育制度の確立,宗教と教育の分離など)の素案を作成するなど,初等教育の改善に大きく貢献した。彼の編纂した《教育学辞典》(1882‐93)は今日でも最高の評価を得ている。…

※「フェリー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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