日和見主義(読み)ひよりみしゅぎ

百科事典マイペディアの解説

日和見主義【ひよりみしゅぎ】

オポチュニズムopportunismの訳。機会主義,便宜主義とも。政治運動や労働運動において,独自の判断や方針をもたず,大勢に引きずられて無原則的に行動する態度。多分に批判的な意味をもたせて使われる用語。
→関連項目教条主義

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世界大百科事典 第2版の解説

ひよりみしゅぎ【日和見主義 opportunism】

機会主義,オポチュニズムともいう。一定の原理や原則よりもむしろ変化する状況に応じて行動すること。19世紀フランスの政治家L.ガンベッタが共和主義的政策をより現実的な形で実施するために共和主義の原則の一部を犠牲にしようとしたのを当時の世論がオポチュニスムと呼んだことが,この言葉の起源といわれる。また革命運動において,状況の不利を理由に革命への態度を後退させることが〈右翼日和見主義〉と呼ばれる場合がある。

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大辞林 第三版の解説

ひよりみしゅぎ【日和見主義】

形勢により、有利な方につこうとして、事態のなりゆきに対して傍観者的態度をとること。機会主義。オポチュニズム。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日和見主義
ひよりみしゅぎ
opportunism英語
Opportunismusドイツ語
opportunismeフランス語

一般的にいえば、一定の原理・原則にとらわれず、事の成り行きをうかがって、どちらでも自分の都合のよいほうにつこうとする態度をとることで、機会主義、御都合主義、便宜主義と同じ意味をもっており、マルクス主義的な政治運動や労働運動で多用されている。
 1890年を前後して、イギリスやフランスで社会主義労働運動において改良主義が台頭し、ついにドイツでも1896年にマルクス主義そのものを否認するベルンシュタインの修正主義論が発表されて、マルクス主義は実践と理論の両面において挑戦を受けた。こうした右からの挑戦を、レーニンは『なにをなすべきか?』(1902)で、日和見主義の新しい変種であると批判した。その後、国際社会主義労働運動において公認のマルクス主義に反する理論活動や実践は非難の意味を込めて日和見主義と称されるようになった。ロシア革命期まで日和見主義といえば、主として改良主義や修正主義と同義に用いられていたが、レーニンが『共産主義における「左翼」小児病』(1920)で、革命の客観的条件をリアルに認識して対処せず、主観的願望に基づいていたずらに過激な行動をとる一揆(いっき)的冒険主義を左翼日和見主義と批判したのち、公認のマルクス・レーニン主義から逸脱した左右の理論活動や実践はすべて日和見主義と称されるようになった。[安 世舟]

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