ベトナム文学(読み)ベトナムぶんがく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベトナム文学
ベトナムぶんがく

ベトナム語による文学。ベトナム人の言語であるベトナム語は,話しことばで,チューノム(字喃)(漢字応用の国字),国語(ローマ字綴りのベトナム語)ができるまで,独自の文字がなかった。そのために彼らの感情,意識,思想の伝達は,口伝によるしか方法がなく,それが伝承庶民文学になった。これら口承文芸は,俗語(俚言)歌謡,伝説,説話(漢文で整理したものに『嶺南摭怪』『伝奇漫録』『越甸幽霊集』などがある)などに分けられる。ベトナムは武帝の時代に中国の統治下に入り,呉権が南漢を破って独立王朝を樹立した 939年まで 1000年以上も中国の桎梏のもとにあえいだ。その間,中国文化の影響を深く受け,各朝廷の記録,文書はすべて漢文で書かれ,ベトナム最初の王朝史『大越史記』(13世紀)をはじめ,『安南志略』(14世紀),『藍山実録』(15世紀),『大越史記全書』(15世紀末),『大越通史』(18世紀)などの朝廷編纂史が世に出るとともに,『征婦吟』(鄧陳琨,18世紀)などの漢詩が出版された。この漢文学と並行して,自主独立を目指し,胡王朝(15世紀)と西山王朝(18世紀)のときにチューノムが考案され,それによる長編韻文詩が国民文学として世に現れた。チューノム訳の『征婦吟』(ドアン・ティ・ディエム(段氏点)のものが一般に流布),『宮怨吟曲』,『花箋伝』,『キム・バン・キェウ(金雲翹)』『ルック・バン・ティエン(陸雲仙)』などが有名である。しかしチューノムは漢字の知識があって初めて理解できるという難点があったために,17世紀に渡来したヨーロッパの宣教師が用い始めた学習に容易な「国語」に取って代わられ,20世紀初期には死字となった。次に登場した「国語」による文学は,フランスの植民地であった影響で,外国文学,特にフランス文学の影響を受け,近代文学の内容と形式を整え始めた。ニャット・リンカイ・フンらによって創設された作家グループ「自力文団」は,彼らの機関誌『フォン・ホア(風化)』,のちに『ガイ・ナイ(今日)』を発行して大いに文学活動を続けたが,両誌ともフランス官憲によって廃刊となった。1920~40年代には「自力文団」のほか,「ハン・トゥエン」グループ,「春秋雅集」グループなどがあって,それぞれの文学主張をもち,多くの小説,詩を世に送った。その後,抗仏・抗米闘争を通じて北ベトナムではいわゆる抵抗文学が生まれ,南ベトナムでは解放文学が生まれた。ベトナム戦争終結後,1970年代にはマー・バン・カーン(1936~ )らの現実直視派が,1980年代にはレ・リュー(1942~ )らの刷新路線が登場する。

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