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ベネチア国際映画祭 ベネチアこくさいえいがさいMostra Internazionale d'Arte Cinematografica di Venezia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベネチア国際映画祭
ベネチアこくさいえいがさい
Mostra Internazionale d'Arte Cinematografica di Venezia

イタリアのベネチアで催される国際映画祭。初回は 1932年。当初,隔年形式をとったが,1934年の第2回から毎年開催されるようになった。第2次世界大戦のため 1943年から 1945年まで中止。設立初期は,自由な映画祭として高い評価を得ていたが,しだいにファシズム国家の影響を帯びた映画祭と化し,国際的信用を失墜させた経緯がある。また戦後も,1968年に映画監督のピエル・パオロ・パゾリーニたちからその商業的姿勢を非難されて一時中止,完全に再開できたのは 1980年になってからである。日本映画では,黒沢明の『羅生門』(1950)がグランプリのサン・マルコ金獅子賞を獲得して以来,『雨月物語』(1953,銀獅子賞),『七人の侍』(1954,銀獅子賞),『無法松の一生』(1958,金獅子賞),『ジャングル大帝』(1966,銀獅子賞,→手塚治虫),『HANA-BI』(1997,金獅子賞)などが受賞した。

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知恵蔵の解説

ベネチア国際映画祭

イタリアのベネチア、リド島で毎年8月末~9月初旬に開催される映画祭。世界で最古の歴史を持ち、カンヌ国際映画祭ベルリン国際映画祭とともに世界三大映画祭の一つに数えられる。世界各国からコンペティション作品や招待作品が集まり、100本近くの作品を上映する。チケットを購入すれば一般客も入場可能。審査員は監督など映画関係者が務める。始まりは1932年、現代美術展ベネチア・ビエンナーレの一部門として始まった「ベネチア映画芸術国際展」。2年後に第2回が開催され、この年からコンペティション部門がスタート。自由な作品上映を目指して始まったが、政治介入や第2次世界大戦の影響から中止や変更を繰り返した。
36年にはムッソリーニ賞が設定されるなど、独裁政治家だったムッソリーニのプロバガンダとして映画祭が開催されるようになる。大戦中は規模が縮小し、参加国も激減した。40年から42年までイタリア=ドイツ映画祭として開催。その後戦争のために中止。46年に再開してからは毎年開かれている。
49年から最高賞を金獅子賞とするが、69年にコンペティション部門が廃止。しかし、71年にはジョン・フォード、72年にはチャールズ・チャップリンに、優れた作品を生み出し続けた監督を称える栄誉金獅子賞が贈られ、少しずつイメージ回復を遂げた。80年になりようやくコンペティション部門と金獅子賞が復活。うやむやだった開催数も81年を第38回と定め、体制を整えて威光を取り戻していった。
本賞の種類は、最高賞の金獅子賞、監督に与えられる銀獅子賞、審査員特別賞、ヴォルピ杯(男優賞、女優賞)、新人俳優に贈られるマルチェロ・マストロヤンニ賞、オゼッラ賞(撮影賞、脚本賞)、特別獅子賞、新人監督賞、栄誉金獅子賞、今後の活躍が期待される監督への監督・ばんざい!賞。本賞の他、協賛団体の出す賞もある。
日本映画の主な受賞作としては、第12回(1951年)に黒澤明監督の「羅生門」が日本人監督として初めて金獅子賞を受賞。第19回(1958年)には監督・稲垣浩、主演・三船敏郎の「無法松の一生」がやはり金獅子賞を得た。さらに、第54回(1997年)には北野武監督が「HANA-BI」で金獅子賞を、第62回(2005年)には宮崎駿監督が栄誉金獅子賞を受賞。第65回(2008年)は北野武監督の「アキレスと亀」、宮崎駿監督の「崖(がけ)の上のポニョ」、押井守監督の「スカイ・クロラ」がコンぺティション部門にノミネートされた。いずれも高い評価を得たが、受賞は逃した。

(富岡亜紀子 ライター / 2008年)

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デジタル大辞泉の解説

ベネチア‐こくさいえいがさい〔‐コクサイエイグワサイ〕【ベネチア国際映画祭】

イタリアの都市ベネチアで、毎年8月末から9月初めごろに開催される国際映画祭。1932年のベネチアビエンナーレに映画部門として設けられたものに始まる。最優秀作品に金獅子賞、最優秀監督には銀獅子賞が与えられる。カンヌベルリンとともに世界三大映画祭とされる。

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百科事典マイペディアの解説

ベネチア国際映画祭【ベネチアこくさいえいがさい】

イタリアのベネチアで毎年8月末〜9月に開催される国際映画祭。世界で最も古い歴史をもつ。金獅子賞,銀獅子賞,男優賞,女優賞,審査員特別賞などがあり,カンヌ国際映画祭ベルリン国際映画祭とともに世界三大映画祭の一つでもある。
→関連項目ロージ

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世界の祭り・イベントガイドの解説

ベネチアこくさいえいがさい【ベネチア国際映画祭】

イタリア北東部の都市ベネチアで開催される国際映画祭。カンヌ国際映画祭ベルリン国際映画祭とともに「世界3大映画祭」とされる。最高賞は金獅子賞。ほかに銀獅子賞、審査員特別賞、男優賞、女優賞、オゼッラ賞(脚本賞と技術貢献賞)などがある。◇日本の作品も多数受賞している。1951年に黒澤明監督の『羅生門』、1997年に北野武監督の『HANA-BI』が金獅子賞を受賞している。毎年8月か9月頃に開催される。第1回が開催されたのは1932年(戦争などで中断あり)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ベネチア国際映画祭
べねちあこくさいえいがさい
Mostra internazionale d’arte cinematografica

イタリアのベネチアのリド島で、毎年8月末から9月初頭に開催される国際映画祭。1932年に隔年開催のベネチア・ビエンナーレの映画部門として始まり、1934年から各年開催へと移行した。しだいにファシスト政権のプロパガンダ的な性格が強まり、第二次世界大戦中の1943年から1945年までは中断を余儀なくされた。また戦後の1969年から1979年までは、フランスの五月革命の余波で、コンクール部門が停止されるなど、しばしば政治によって翻弄(ほんろう)される悲運に見舞われた。国際映画製作者連盟が公認し、コンクール部門を有する映画祭としては、もっとも長い歴史を誇り、後発のカンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭と並んで世界三大映画祭に数えられている。現在はコンクール部門のほかに、世界映画の新しい潮流を紹介する「映画の地平(オリッゾンティ)」や実績のある作家の映画を上映する「コンクール外」などの部門を有する。第1等である金獅子賞の受賞作に与えられる翼を持った獅子のトロフィーは、町の守護聖人である聖マルコを象徴している。
 1950年代には、黒澤明(くろさわあきら)の『羅生門(らしょうもん)』(1950)に金獅子賞、溝口健二(みぞぐちけんじ)の『西鶴(さいかく)一代女』(1952)、『雨月物語』(1953)、『山椒大夫(さんしょうだゆう)』(1954)に3年連続して銀獅子賞を与え、日本映画の時代劇が国際的に注目されるきっかけをつくった。現代劇では、稲垣浩(いながきひろし)の『無法松の一生』(1958)と北野武の『HANA-BI』(1997)に金獅子賞を授与しているほか、塚本晋也(つかもとしんや)(1960― )や三池崇史(みいけたかし)(1960― )、園子温(そのしおん)(1961― )など気鋭の監督の作品を積極的に紹介している。[西村安弘]

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