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ペレストロイカ Perestroika

翻訳|Perestroika

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ペレストロイカ
Perestroika

「建て直し」を意味するロシア語。 1985年3月 M.ゴルバチョフが書記長に就任して以来,ソビエト連邦で行われた改革のことをいう。 80年代初頭にソ連経済が行詰り,西側に大きくおくれをとったという危機意識が起った。これまで敵視してきた西側に対する脅威感が減ったこともあり,無駄な軍事力を削減し,西側との関係改善をはかりながら経済を建直すという方向がとられた。経済面では合弁企業法 (1987) ,国営企業法 (88) ,協同組合法 (88) ,請負制導入 (89) などを通じて従来の中央集権的指令型経済を改め,独立採算制によって企業の自主性を強化し,経済活動を活性化しようと試みた。しかし,保守派・官僚らの抵抗もあり,これらの改革は十分に実行されなかった。 90年9月には S.シャターリンが中心となり,急進的な「市場経済導入 500日案 (シャターリン案) 」が作成されたが大幅に修正された。従来のシステムは部分的に破壊されたが,それに代る市場システムが正常に機能していないため経済は混乱しインフレが進み,ルーブルの価値は下落し物不足が激しくなった。政治面では共産党権力の縮小と国家機構の改革が行われ,人民代議員大会の創設と最高会議の改編が行われ (88) ,90年3月には共産党独裁体制が放棄され複数政党制と大統領制が導入された。またグラスノスチ (情報公開) によって,これまで隠されていた事実が次々と明るみにだされるとともに,マスコミ,国民の間で言論・出版の自由化が進み,政府・党,軍,国家保安委員会 KGBなどに対する激しい批判が起り,さまざまな理念を揚げる政治グループが結成された。さらに各共和国,民族の自立傾向が強まり,連邦からの独立運動や民族対立が起った。外交面では「新思考」政策のもと,東西の緊張緩和策が大胆に進められた。アメリカとの軍縮交渉が積極的に進められ,87年中距離核戦力全廃条約を締結,90年 11月には欧州通常戦力交渉条約も調印された。またソ連軍をアフガニスタンから完全撤退させた (89) ほか,東欧,モンゴル,中ソ国境からも一部撤退させた。さらにゴルバチョフはブレジネフ・ドクトリンを否定し,東欧民主化のきっかけをつくった。東欧に対するソ連の支配は終り,ワルシャワ条約機構は解体 (91年3月) ,ドイツは統一された。これにより戦後 40数年続いたヤルタ体制と冷戦構造は終焉した。

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百科事典マイペディアの解説

ペレストロイカ

1985年3月のゴルバチョフ政権登場後のソ連における改革運動。ロシア語で〈建て直し〉の意。人民代議員大会の創設(1988年),協同組合や請負制の導入など政治と経済における改革を中心とするが,グラスノスチ,民主化,スターリン批判の再開など社会と文化の広範な側面に及び,1991年のソビエト連邦解体につながった。
→関連項目アルマティアルメニア(国)イスカンデールエストニア岡田嘉子オセチアカフカスサハロフサマルカンドシュワルナゼ全ソ労働組合中央評議会ソビエト連邦ソビエト連邦共産党ソルジェニーツィン大粛清ドイモイ東欧革命ナヒチェバンバルト三国ビートフブハラヤコブレフラスプーチンラトビアリトアニアレーニンロシア

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世界大百科事典 第2版の解説

ペレストロイカ【perestroika】

字義どおりには〈建て直すこと〉であるが,1985年3月のゴルバチョフ政権登場後のソ連における改革運動を指す。その中心は1980年代初頭に危機寸前の状況にまで至った経済のメカニズムの〈根本的改革〉であるが,単に経済だけでなく,グラスノスチと呼ばれる公開制や意見の多元主義,政治的民主化,スターリン批判の再開など,多様な側面に及んでいる。ペレストロイカを〈第二の革命〉と呼んだこともあったが,その改革の結果,ソ連社会主義体制そのものへの批判へと広がり,ついには91年8月のクーデタ失敗から12月のソ連崩壊へといたった。

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大辞林 第三版の解説

ペレストロイカ【perestroika】

〔建て直しの意〕
旧ソ連のゴルバチョフ政権で進められた改革の総称。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ペレストロイカ
ぺれすとろいか
Перестройка Perestroyka ロシア語

日本では「再編」「改革」「変革」などと訳されているが、本来のロシア語では、「再」もしくは「直す」という意味の接頭語Pere‐と「建物」を意味する名詞のstroykaを組み合わせたものであるから、文字どおりは「建て直し」「改築」を意味することばである。英語ではreconstruction, restructuringと訳されていることが多い。ソ連のゴルバチョフ政権が掲げた、ペレストロイカ、グラスノスチ(公開性)、ウスコレーニエ(加速化)の三つの標語のうち、要(かなめ)の位置を占めている。
 ゴルバチョフは1985年3月、チェルネンコの死でソ連共産党書記長に就任するや、翌4月の党中央委員会総会で、1970年代末から1980年代初めにかけてソ連経済に「困難」が存在していたことを率直に認め、まず「経済発展の加速化」の課題を提起し、ついで反アルコーリズム・カンパニヤなどで「人間的要因の活発化」を強調した。1986年2~3月の第27回党大会では、一部に「ラジカルな改革」への言及もあったが、全体としては新政権発足後1年間の路線を集大成し、技術革新を軸とする「加速化戦略」に経済メカニズムの「改善」と「人間的要因の強化」を組み合わせたものと一般には理解されていた。
 ペレストロイカが中心課題として真正面に据えられたのは、1987年1月の中央委員会総会に始まる。この総会では、ペレストロイカは政治改革、民主化問題と結び付けて提起され、この前後からマス・メディアでは1930年代批判の論陣が一斉に張られ、「第二次スターリン批判」ともいうべき雰囲気が醸し出された。これと並んで、「ラジカル」な経済改革の方向が設定され、6月の中央委総会で採択されて同月末の最高会議で正式に法律となった「国営企業法」その他で、当面の整合的な経済改革の構図が示された。反対に、このあたりを境に「加速化」には言及されることが少なくなり、「加速化のためにもペレストロイカ」というふうに明らかに重点が移動することになった。1987年11月7日の十月革命70周年記念日を前にして、ブハーリン、ジノビエフ、トムスキー、ラデックその他、トロツキーを除くかつての指導的政治家の名誉回復の方向がほとんど確定し、ソ連史書き直しの口火を切った。
 ペレストロイカということばはきわめて多義的に用いられているが、経済、社会、政治から民衆心理までを含む、広い意味の「建て直し」「活性化」路線と解することができよう。この「建て直し」の対象となっているのは、1930年代にその基本的枠組みができあがったソ連社会のあり方のすべてであるから、ゴルバチョフがこれを十月革命に次ぐ「第二の革命」とよんだのも、理由のないことではない。ペレストロイカは確かに「上から」の建て直しという性格が強いが、それは、1920年代末から1930年代なかばにかけて、スターリンの「上からの革命」でつくりあげられたソ連社会の骨格を変えようとしている点で、まさに逆の目標を追求していたものということができる。その「限界」を指摘するのは容易であるが、改革派知識人の批判の目が、1930年代ばかりか、部分的には十月革命の「暗部」にも向けられたという意味で、市民社会意識の覚醒(かくせい)を促したことを見落とすべきではない。
 1930年代のアメリカにおけるニューディール(新規巻き直し)を生み落としたのが1929~1933年大恐慌であったのと同様に、ペレストロイカは直接的には1979~1982年の経済危機と、間接的には1970年代初めからの停滞を背景としていた。しかし、深い経済危機を背景とする激しい政治的、社会的および民族間の対立抗争は、社会主義の枠内での刷新を目ざすペレストロイカの枠を超え、1991年8月のクーデターを契機とするロシア共和国大統領エリツィンの主導権掌握と共産党解体、同年12月のソ連解体と連邦大統領ゴルバチョフの退陣というめまぐるしい経過を経て、ペレストロイカはその幕を閉じ、社会主義崩壊と全面的な再資本主義化に道を譲った。[佐藤経明]
『ゴルバチョフ著、田中直毅訳『ペレストロイカ』(1987・講談社) ▽ゴルバチョフ著、鈴木康雄他訳『ゴルバチョフ回想録』上下(1996・読売新聞社) ▽塩川伸明著『終焉の中のソ連史』(1993・朝日新聞社) ▽塩川伸明著『社会主義とは何だったか』(1994・勁草書房) ▽塩川伸明著『ソ連とは何だったか』(1994・勁草書房)』

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