改訂新版 世界大百科事典 「ホヤ」の意味・わかりやすい解説
ホヤ (海鞘)
sea-squirt
尾索綱ホヤ目Ascidiaceaに属する原索動物の総称。すべて海産で,岩礁,貝殻の表面,船底,海中の諸器材などいろいろなものに付着する。世界から約2300種,日本には約300種あるが,食用にするマボヤ以外はほとんど人間生活に有用なものはなく,むしろ付着によって被害を与えるものが多い。ホヤの語源は個体の形が昔の火屋(ほや)(香炉や手あぶりなどの上を覆うふた)に似ているからという説と,岩などに付着している姿がヤドリギ(異名をホヤという)に似ているからという説とがある。
ホヤにはマボヤやアカボヤなどのように1個の大きな個虫が1個体になっている単体ボヤと,キクイタボヤのように小さな個虫が互いに体の一部分でつながって群体をつくる群体ボヤまたは複合ボヤとがある。個体の大きさは数mm~30cmである。
構造と機能
ホヤの体は被囊(ひのう)で覆われているが,被囊にはセルロース類似のツニシンtunicineでできている固い革のようなものや,軟らかくて透明なものなどいろいろある。体の頂端に入水孔があり,そのやや後方に出水孔があって,この側が背側になる。しかし群体ボヤでは入水孔は各個虫にあっても出水孔が共通している場合もある。被囊の中は肉質の筋膜(きんまく)で広い室になっていて,そこには無数の鰓孔(さいこう)が格子状に並んだ袋状の鰓囊(さいのう)がある。入水孔から入った水は,この鰓囊の中に入り,鰓孔から囲鰓腔(いさいこう)へ流れ出る。この際,鰓囊の血管が水中の酸素を吸収し,二酸化炭素を放出して呼吸する。水とともに入ってきたプランクトンやごみは,鰓囊の内側にある内柱(ないちゆう)(脊椎動物の甲状腺と相同とされる)から分泌された粘液の膜にからめとられ,鰓囊の底に開く食道へと運ばれる。消化管は短い屈曲した管であり,胃から腸へ続き,肛門は排出腔に開く。排出物は鰓囊を通過してきた水とともに出水孔から外へ出される。
開放循環系で,細長い袋のような心臓が胃の噴門部付近にある。心臓は一方から縮んでいって血液を押しだすが,次は逆のほうに縮んで反対方向へ血液を送りだしている。この周期は1~2分おきで,個体内血管や,群体内で個体管をつなぐ被囊血管内の血流の方向も定期的に逆転する。体が透明なユウレイボヤやマメボヤではこのようすを観察できる。群体ボヤで各個虫の血管がつながっているものがある。神経系では入水出水両孔の間に1個の脳がある。
生殖
ホヤはすべて雌雄同体で,生殖腺は中央に卵巣,その周縁に精巣があり,体外受精と体内受精の場合がある。卵の大きさは,ほぼ直径0.3mmで,マボヤは1日に約1万2000個の卵を2週間にわたって産み,ユウレイボヤは1回に1000個くらい産卵して数ヵ月間続く。またシロボヤはほとんど一年中産卵している。精子と卵は生殖管を経て出水孔から放出されるが,種類によって時期や時間が決まっている。陸奥湾に生息するマボヤは11月の午前中に放卵放精をすることが1956年に報告されたが,その後10月末から11月にかけての夕方に,また4月の昼に放卵放精するものがあることがわかった。このように生殖の日時が違っていても外形では突起物の形態がそれぞれに多少異なっているくらいであって,その理由についてはまだ完全に明らかにされていない。
受精卵の発生がすすむと約2日で長さ1.5mmほどのオタマジャクシ形幼生になって海中を遊泳する。この幼生の頭部には3個の付着突起があり,また尾の部分には縦に脊索が通っている。この幼生の期間は餌をとらない。浮遊生活が終わると頭部を下にし,付着突起で岩などに付着する。すると変態が始まって尾の脊索と筋肉とがだんだん頭のほうへ吸収され,若いホヤの体をつくる。付着器官の内側から根ができてきて固着が強くなり,鰓囊の鰓孔の数が増え,心臓が動き始めると入水孔と出水孔が開いて餌を食べ始める。群体ボヤの類は卵を海水中に放出せず,親の体内で幼生まで育ててから放出する。親は幼生を放出すると体がしだいに退化してついには消失する。
ユウレイボヤの成長は速く,夏には約1ヵ月で親になって生殖を行う。しかし,マボヤの体長は1年で約1cm,2年目で約10cmになって成熟する。群体ボヤでは体の一部から出芽して,それが新個体になる場合や体がじゅずのようになり,くびれたところから切れてそれぞれ新しい個虫が増えていく方法もある。また個虫が無性的に増えることによって群体が大きくなっていく。
他動物との関係
マボヤは昔から食用にされており,宮城県では垂下式の養殖がなされている。筋肉にはかなり多くのグリコーゲンが含まれていて,二枚貝のカキの2倍の量をもっている。ホヤの体内はたえず入水孔から出水孔へ海水が流れているので,カジカの類の魚が囲鰓腔に産卵し,ここで稚魚にまで成長しているものがある。また,端脚類の種類で入水孔から鰓囊の中に入り,ここで生活しているものもある。
種類
ふつうに見られる種類にはマンジュウボヤAmaroucium pliciferum,ヘンゲボヤPolycitor proliferus,ユウレイボヤCiona intestinalis,ヒメボヤAgnesia himeboja,ドロボヤCorella japonica,キクイタボヤBotryllus tuberatus,シロボヤStyela plicata,エボヤS.clava,アカボヤHalocynthia aurantiumほかがある。大きな群体になって海中を浮遊するヒカリボヤはホヤの名がついているが尾索綱サルパ目Thaliaceaに属する。
執筆者:今島 実
食用
日本では古くから食用にされていたようで,《延喜式》には三河国から供御のためのものが進められたことや,若狭国の調(ちよう)としてイガイとまぜてつけたものらしい〈貽貝保夜交鮨〉が納められていたことが見える。当時の貴族にとってはなじみの深い食品だったのであろう,《土佐日記》は女性たちが水浴する情景の描写に〈ほやのつまのいずし〉の語が見られる。その後はほとんど文献に姿を見せぬようであるが,江戸時代に入ると《古今料理集》(1670年代刊)に生鮮品は入手しにくいがかす漬があり,なますや刺身などにすることが書かれている。現在では三陸海岸などのものが有名で,おもに酢の物とする。日本以外ではフランスのマルセイユあたりでビオレvioletという種類を生食することが知られている。
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報