日本大百科全書(ニッポニカ) 「モルガン」の意味・わかりやすい解説
モルガン(Lewis Henry Morgan)
もるがん
Lewis Henry Morgan
(1818―1881)
アメリカの人類学研究者。民間人であったが、近代社会人類学の親族体系を中心とした研究の基礎を築いた偉大な先駆者として高く評価されている。ニューヨーク州生まれ。弁護士を本業としてロチェスターで活躍したが、実業家でもあり州議会議員をも務めた。早くから先住民(ネイティブ・アメリカン)の正しい理解に関心をもち、先住民からの不当な土地買収を阻止させたことなどもあって、イロコイの一支族のセネカで養子の身分を得るまでになった。こうして先住民の社会について実地の見聞を深めるとともに、広く世界各地の未開社会にも考察を及ぼすようになった。モルガンの業績の主要なものとして、イロコイの政治組織を分析した優れた民族誌の『イロコイ同盟』(1851)、実地調査によるとともに世界各地から収集した資料を利用し、親族および親族名称の体系を比較分析し、学史的にはもっとも重要な『人類の血縁と姻戚(いんせき)の諸体系』(1871)、19世紀後半の一線的社会進化論を軸にして、総合的に人類文化の諸側面――技術、統治、家族、財産など――の発達を描こうとした『古代社会』(1877)、先住民についてまとめた『アメリカ先住民のすまい』(1881)などがあげられる。このなかで『古代社会』だけが広く知られるようになったが、発展段階図式に都合の悪い事実が落とされて整理されていること、あるいはエンゲルスが注目して、その著『家族、私有財産および国家の起原』などに引用したことなどによっていると考えられる。
[小川正恭 2019年1月21日]
『古代社会研究会訳『アメリカ先住民のすまい』(岩波文庫)』▽『『古代社会』全2冊(荒畑寒村訳・角川文庫/青山道夫訳・岩波文庫)』▽『山室周平著『モーガン』(1960・有斐閣)』▽『『モルガン「古代社会」の内幕』(『馬淵東一著作集 第1巻』所収・1974・社会思想社)』▽『蒲生正男著『モルガンの理論』(『現代文化人類学のエッセンス』所収・1978・ぺりかん社)』
モルガン(John Pierpont Morgan)
もるがん
John Pierpont Morgan
(1837―1913)
アメリカの金融資本家、モルガン財閥の始祖。富裕な金融業者ジュニアス・モルガンを父にコネティカット州ハートフォードに生まれる。ドイツのゲッティンゲン大学に学んだのち、ロンドンで父の営む金融会社に入り実務経験を積んだ。南北戦争では北軍への軍需品調達で巨利を博し、1871年、のちモルガン商会と称されるに至る金融会社を設立した。以来、政府公債の引受けや外国資本の導入、鉄道や工業への資金調達で活躍したほか、世紀転換期にはUSスチールをはじめとする大型合併に関与することによって産業分野への支配力を強化し、その影響力を背景にウォール街の指導者として君臨した。彼の企業活動には、反トラスト法違反のかどによる持株会社の解散や議会調査委員会への喚問など反社会的と目される面が少なからずある一方、慈善事業に多額の寄付を行ってもいる。死後、所蔵美術品の大部分がニューヨークの美術館に寄贈された。
[小林袈裟治]
『小原敬士著『モルガン』(『20世紀を動かした人々9』所収・1962・講談社)』
モルガン(Michèle Morgan)
もるがん
Michèle Morgan
(1920―2016)
フランスの映画女優。パリ近郊に生まれる。15歳から映画のエキストラを勤め、演劇学校に通い、『霧の波止場』(1939)でジャン・ギャバンと共演して大スターになった。『田園交響楽』(1946、第1回カンヌ映画祭女優演技賞)、『落ちた偶像』(1948)、『狂熱の孤独』(1953)、『夜の騎士道』(1955)、『マリー・アントワネット』(1955)、『非情』(1957)、『名誉と栄光のためでなく』(1966)などに主演。品格のある美貌(びぼう)は日本でも人気が高かった。1970年代以降は舞台に立ち、映画では『みんな元気』(1991)に姿をみせた。
[日野康一]
モルガン(Claude Morgan)
もるがん
Claude Morgan
(1898―1966)
フランスの小説家。第二次世界大戦中、レジスタンス文学の作家として登場。『人間のしるし』(1944)や『羅針盤のない旅行者』(1950)などのなかで、被占領体験に基づく強いヒューマニズムの精神と平和への願いを表明した。占領中から『レットル・フランセーズ』紙の編集に参加、戦後は世界平和評議会の機関誌の編集長を務めた。
[稲田三吉]