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ヨアヒム ヨアヒムJoachim Joseph

8件 の用語解説(ヨアヒムの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヨアヒム
ヨアヒム
Joachim Joseph

[生]1831.6.28. キトゥゼー
[没]1907.8.15. ベルリン
ハンガリーバイオリニストウィーン音楽院で J.ベームに,ライプチヒで F.ダービト,M.ハウプトマンに師事,メンデルスゾーンの推薦でロンドンを訪れた。 1853年ハノーバーの宮廷独奏者,68年ベルリンの音楽学校校長に就任し,69年にはヨアヒム弦楽四重奏団を組織した。

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デジタル大辞泉の解説

ヨアヒム(Joseph Joachim)

[1831~1907]ハンガリー生まれのドイツバイオリン奏者。ドイツ古典音楽の演奏で知られ、また、教育者としても活躍した。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

ヨアヒム

ドイツのバイオリン奏者,指揮者,作曲家。19世紀後半を代表する名演奏家の一人。ブラチスラバ近郊のキットゼー(現ハンガリー領)に生まれ幼時から楽才を発揮,1839年7歳で初の公開演奏会を開く。

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

ヨアヒム

オーストリア‐ハンガリーのヴァイオリニスト、作曲家、指揮者、教師。幼少よりブダペストのヴァイオリニスト、セルヴァチンスキーに学ぶ。39年に師と共演してデビュー。同年ウィーンに赴き、ヘルメスべルガー兄弟 ...続き

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デジタル大辞泉プラスの解説

ヨアヒム

アントニオ・ストラディバリ製作によるバイオリン。1715年製。日本音楽財団が保有している。名称は、ハンガリーのバイオリン奏者、ヨーゼフ・ヨアヒム(1831-1907)が所有していたことにちなむ。ヨーゼフの死後、姪孫にあたるアディラ・アラニに遺贈されたことから、「ヨアヒム=アラニ」の別称もある。

出典|小学館
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世界大百科事典 第2版の解説

ヨアヒム【Joseph Joachim】

1831‐1907
19世紀後半のドイツ最高のバイオリン奏者,指揮者。メンデルスゾーンに影響を受け,シューマン夫妻,ブラームスと親交を結び,1868年ベルリン高等音楽学校の初代校長に就任すると同時に,当時最高のヨアヒム弦楽四重奏団を組織,古典主義ロマン主義を両立させる演奏を確立した。その演奏法はL.シュポーア,F.ダーフィト流れを汲む厳格・端正なもので,名人的技巧に走ることなく高度の芸術性を目ざしており,門下からはL.vonアウアーフーバイJ.ら著名な奏者を数多く出した。

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大辞林 第三版の解説

ヨアヒム【Joseph Joachim】

1831~1907) ドイツのバイオリン奏者。ハンガリー出身。一九世紀後半のドイツ最高のバイオリン奏者といわれ、モーザーと共著ですぐれた教本を残す。作曲も行なった。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヨアヒム
よあひむ
Joseph Joachim
(1831―1907)

オーストリアのバイオリン奏者、指揮者。ウィーンとライプツィヒでバイオリンを学び、1849年リスト指揮下のワイマール宮廷管弦楽団の首席奏者に就任したが、リストの主義・主張になじめず、53年ハノーバー宮廷音楽家となる。同年シューマンをデュッセルドルフに訪問、ここで知り合ったブラームスと生涯親交を結び、バイオリンに関してブラームスに多くの助言を与えた。主宰したヨアヒム弦楽四重奏団は、ベートーベン演奏に一時期を画したと評された。教育者としても優れ、68年ベルリンに新設された音楽大学(現ベルリン芸術大学)の学長に就任、亡くなるまでその職にあって基礎を固め、ドイツにおける音楽専門教育の一中心をつくりあげた。[岩井宏之]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のヨアヒムの言及

【カデンツァ】より

…カデンツァは演奏者の即興演奏にゆだねられることが通例であったが,このころから作曲者自身がカデンツァを作曲する例もみられ,ロマン派に入るとむしろ作曲者がカデンツァを書き込むのが通例となった。今日,カデンツァの書き込まれていない楽曲を奏する場合,他の音楽家が別に作曲したものを使用することが多く,とくにバイオリン奏者のヨアヒムなどは,多数のカデンツァを作曲している。ロマン派の標題つきの小品(キャラクター・ピース)などにおいて,楽曲の結尾の華美で即興的な部分にこの名を付した例もある。…

【バイオリン】より

…他方19世紀には,作曲家と演奏家が協力し合い,高度な演奏効果と作曲家の個人様式の追求を調和させることに成功した例も少なくない。メンデルスゾーンの《バイオリン協奏曲》にはダーフィトFerdinand David(1810‐73)が協力し,J.ヨアヒムのためには,シューマン,ブルッフ,ブラームス,ドボルジャークなどが優れた協奏曲を書いている。高度の名人芸を優れた音楽性に結びつけようとした19世紀後半のバイオリン曲には,同時代の名演奏家P.deサラサーテにささげられたE.ラロの《スペイン協奏曲》(1873)やサン・サーンスの《バイオリン協奏曲第3番》(1880),またソナタとしては,ブラームスの3曲(1879,86,88),ベルギーの名手E.A.イザイエにささげられたC.フランクの傑作(1886),ノルウェーの抒情性に富んだE.グリーグの第3番(1887)などがあり,今日の演奏会の重要な曲目を形成している。…

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