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ラインラント Rheinland

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラインラント
Rheinland

ライン川に沿うドイツ西部の地名。歴史上,幾度となくドイツ,フランスの紛争の焦点となった。 10世紀頃には大小多数の諸侯が割拠し,神聖ローマ帝国成立後も,これら諸侯の分割支配下にあった。三十年戦争を終結させたウェストファリアの講和の結果,南部のアルザスはフランス領となった。ヨーロッパを制覇したナポレオン1世は,ライン川左岸をフランス領とし,西部ドイツの諸侯国をまとめてライン同盟をつくってその保護下においたが,ウィーン会議の結果,ドイツの工業先進地帯である北部ラインラントはプロシア領となり,普仏戦争の結果すべてのラインラントがドイツ帝国領となった。第1次世界大戦後,ベルサイユ条約は,エルザス=ロートリンゲン (アルザス=ロレーヌ) のフランスへの帰属,ライン川左岸の保障占領,ライン川右岸 50km以内の非武装化を定めた (→ラインラント帰属問題 ) 。 1925年ロカルノ条約によって再度永久武装禁止が保障されたが,33年政権を握ったナチスは,36年フランスとソ連の相互援助条約を機に,ドイツの安全保障という口実のもとにドイツ軍をラインラントに進駐させた。

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百科事典マイペディアの解説

ラインラント

ドイツ西部,ライン川中・下流域の歴史的呼称,また,狭義にはプロイセンによって創設され,1924年―1945年まで存続したライン州をさす。ケルンを中心に,北部のルールを中心とする工業地帯,南部のブドウ栽培地域を含む。
→関連項目コブレンツロカルノ条約

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デジタル大辞泉プラスの解説

ラインラント

《Rheinland》ドイツ海軍の戦艦。ナッサウ級。1908年進水、1910年就役の弩級戦艦。1916年のユトランド沖海戦に参加。1919年除籍、1921年解体。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラインラント【Rheinland】

ライン川に沿うドイツの地域名。ラインランデRheinlandeがスイスからオランダ国境までのライン川両岸のドイツ領の総称であるのに対し,ラインラントはそれからライン川上流地域(オーバーラインOberrhein)を除く中流地域(ミッテルラインMittelrhein)と下流地域(ニーダーラインNiederrhein)の歴史的呼称であり,狭義には1824年にプロイセンにより創設され45年まで存続したライン州Rheinprovinzをさす。

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大辞林 第三版の解説

ラインラント【Rheinland】

ドイツ西部、ライン川中下流両岸地方の総称。狭義には旧プロイセン領ライン州をいう。北部はルール工業地帯。中心都市はデュッセルドルフ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラインラント
らいんらんと
Rheinland

広義ではドイツのライン川両岸地域、狭義では旧プロイセン領ライン州をさす。紀元前1世紀からローマの支配下に入り、紀元後3世紀以降はゲルマン系のフランク人が移住、西ローマ帝国滅亡後、フランク王国の一部となった。9世紀にフランク王国が東西に分裂すると、東フランクに属し、ドイツ的要素を強めた。14世紀以降、多数の諸侯国に分かれ、そのなかにはケルン、トリールマインツの大司教など有力な宗教諸侯がいた。17世紀初め、プロイセンがここに領土を得、またフランスもライン左岸への領土的野心を示し、フランス革命後、ナポレオンのもとでライン左岸はフランス領になった。しかし1815年ウィーン会議はこの地域をプロイセンに与え、24年プロイセン領ライン州成立。ここは早くから商工業の発達が目覚ましかったが、19世紀に産業革命とともに、ルール地方を中心にドイツ経済の心臓部となった。第一次世界大戦後、この地域の一部は連合軍によって占領され、また非武装地域に指定されるなど、国際対立の争点となった。1936年ヒトラーはここに軍隊を入れ、ベルサイユ体制を崩壊させた。第二次世界大戦後はフランス、イギリス、アメリカ3国によって分割統治され、現在はドイツのノルトライン・ウェストファーレン州およびラインラント・プファルツ州のそれぞれ一部になっている。[木谷 勤]

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