改訂新版 世界大百科事典 「リアリズム法学」の意味・わかりやすい解説
リアリズム法学 (リアリズムほうがく)
第1次,第2次両大戦間の時期のアメリカを席巻した法学上の一傾向で,J.フランク,K.ルーウェリン,ムーアUnderhill Moore,オリファントHerman Oliphant,ローデルFred Rodell,コーエンFelix S.Cohenらはその代表的旗手である。法,とりわけ裁判について,旧来の〈ロマンティシズム,空想,美化を排斥し〉(フランク),現実を直視する立場がこれらの人たち(リアリスト)に共通しているといえる。つまり,ここでリアリズムというのは,文学その他の芸術におけるそれと同義である。思想史的にはプラグマティズムの影響が著しい。ニューディールに象徴されるアメリカ資本主義の質的転換に,既成の形式的・機械的法学が対応できなくなり,時代の潮流に対して反動的な役割しか果たせなくなったところに,この時期,旧来の学説に根本的な疑問を投じる論客たちがいっせいに立ち上がった歴史的理由がある。
リアリストはおしなべてニューディールに好意的であったが,当時の最高裁判所の多数派はニューディール立法に相次いで違憲の判断を示した。リアリストがもっぱら裁判過程の分析に関心を集中させたのは偶然ではない。
既成の学説によれば,判決とは,法規(判例や制定法)を大前提とし,事実(事件の具体的事実関係)を小前提とする三段論法の結論に当たるものであって,裁判過程とは裁判官がだれであるかによって結論が変わることのない形式的・機械的・非個人的なプロセスであり,したがって事前の予測が可能な確実な過程であるということを骨子としていた。このようなドグマに対し,心理学や社会諸科学の成果を駆使して鋭いメスを加えたのはリアリストの大きな功績である。複数の先例から一個の先例を選択し,制定法について可能な複数の解釈から一個の解釈を採用する裁判官の活動に政治的責任を問い,事実認定のプロセスが裁判官の主観的作用にほかならないとすることが,今日法学界の常識になっているとすれば,その源流はリアリズム法学に求めなければならない。その現代的意義については評価が分かれるが,D.リースマンは1962年に発表した論文のなかで,リアリストの勝利はロー・スクールの若手学者に当然のことと受けとめられており,それゆえにこそ運動の必要がなくなったのであると述べている。
執筆者:古賀 正義
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報