ドイツの哲学者。ウィンデルバントによって創始された新カント学派の一つ、西南ドイツ学派の大成者。ダンツィヒ(現、グダニスク)に政治家の子として生まれる。ベルリン、ストラスブールに学んだのち、フライブルク、ハイデルベルク両大学の教授を務めた。ヘーゲル的な形而上(けいじじょう)学的思弁と、実証主義、心理主義、歴史主義によってもたらされた当時の生の哲学に代表される相対主義的傾向に反対し、カントの批判主義の精神をくんで諸科学の可能性の認識論的基礎づけから出発して、超越論的論理主義的見地にたつ体系的な文化哲学、価値哲学の樹立を企図した。すなわち彼は、本来の認識の対象は存在ではなくて当為、事実ではなくて意味あるいは価値であり、こうした主観・客観の彼岸にある超越的価値の領域、つまり無時間的に妥当する絶対的な文化価値そのものを探究し、確定するのが哲学の課題と考え、真、美、聖、幸福などの概念を取り出しつつ、文化一般の意味の解明を行った。またこれと関連してウィンデルバントの思想を継承発展させ、普遍化的方法をとる自然科学に対して、個性化的概念構成の方法によって一回的、個別的なものを把握する歴史科学ないしは文化科学の特質を明らかにした。
こうした科学方法論は、マックス・ウェーバーをはじめとして現代の精神科学あるいは社会科学をめぐる議論に大きな影響を及ぼした。主要な著作として『認識の対象』(1892)、『文化科学と自然科学』(1899)、『哲学の体系』(1921)などがある。
[伊東祐之 2015年4月17日]
『山内得立訳『認識の対象』(岩波文庫)』▽『豊川昇・佐竹哲雄訳『文化科学と自然科学』(岩波文庫)』
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ドイツの哲学者で新カント学派の一つである西南ドイツ学派の完成者。彼は対象を,非合理的な内容と合理的な形式の結合とみ,対象の認識とは,ある主語(内容)と述語(形式)を結び付けるべきで,そうすることには価値がある,とみなす判断,つまり価値判断であるとする。彼はまた,認識は多様な現実の中から知るに値するものだけを選択して把握するものであること,自然科学が絶えず繰り返される一般的法則だけを把握しようとするのに対して,歴史科学は,政治・経済・芸術などの文化価値からみて重要な個別的特徴だけを把握する〈価値関係的〉なものであることを主張した。ウィンデルバントの思想の発展である科学のこの区別は,ランケを中心とするドイツの歴史学に哲学的基礎づけを与えたものである。著書に《認識の対象》(1892),《自然科学的概念構成の限界》(1896-1902)などがある。彼を中心とする西南ドイツ学派が日本哲学界に与えた影響については,〈新カント学派〉の項を参照されたい。
執筆者:関 雅美
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1863~1936
ドイツの哲学者。西南ドイツ学派の完成者。学問をその概念構成の仕方によって分類して,普遍を中心とする自然科学と個別的価値を対象とする文化科学とに分かち,両者の方法論的相違を明白にするのに努めた。
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…19世紀の末以来の用語。ウィンデルバントやリッケルトは歴史ないし歴史的諸学が自然科学と異なる点に注目し,その結果,リッケルトやM.ウェーバー,さらにはカッシーラー等によって自然科学に対する諸学の総称として従来の精神科学の代りに用いられるようになった。リッケルトは価値から離れた自然の法則を一般化的方法により把握する自然科学に対し,文化価値を賦与された文化形態の個性化的方法による把握を文化科学と呼ぶ。…
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