翻訳|libido
精神分析の用語。もとはラテン語で欲望、欲情を意味するが、A・モルAlbert Moll(1862―1939)は性衝動という意味に用いた(1898)。また、S・フロイトはこれを借用して、人間に生得的に備わっている「本能」エネルギーという意味で、この語を精神分析の概念として使った(1905)。
[久保田圭伍]
フロイトの本能についての考え方は3回変わるが、それに応じてリビドーの見方も変化した。初期(1905~1914)においては、リビドーは自我本能(自己保存の本能)に対立している性本能(種族保存の本能)に基づく性的エネルギーという意味で用いられた。中期(1914~1920)になると、自我本能は性本能の一部とみなされた。つまり性本能は、リビドーが自己以外の対象に向けられた対象リビドー(対象愛)と自己に向けられた自我リビドー(自己愛(ナルシシズム))とに分けられ、自我本能は後者の特殊な形態と考えられた。晩年(1920年以降)、第一次世界大戦を契機として、フロイトは生の本能eros instinctに対立するものとして、死の本能death instinctを提唱した。これは、死によって無機物の不変性に回帰しようとする欲求であり、タナトスthanatosあるいはデストルドーdestrudoとかモルティドーmortidoともよばれている。これに対し生(エロス)の本能は、より大きな統一を生み出し、それを維持しようとする統合の欲求である。フロイトは、この生(エロス)の本能によって用いられるエネルギーをリビドーとよんだのである。
リビドーという概念は、19世紀に急速に発達した物理学のエネルギー保存の法則の影響を受けたと考えられる。たとえば、対象リビドーが減少すると、自我リビドーが増大するというように。このようにリビドーは量的な概念であるというところにその特徴がある。
本能エネルギーとしてのリビドーは、人間に生得的に備わっているが、人間の成長とともに次のような段階を経て発達する。口唇期、肛門(こうもん)期、男根期(エディプス期ともいう)などを経て性器期に至る。リビドーはこれらの各段階に対応した性感帯と充足の目標あるいは対象をもつが、充足が得られず、リビドーが鬱積(うっせき)すると不安を生み出す(鬱積不安という)。また、リビドーがある対象に向けられたままの状態にとどまっているとき、それを固着とよぶ。これはさらに発達の逆戻り、すなわち退行を引き起こす。このように、リビドーがそのエネルギーの放出する道を断たれて蓄積されていくと、やがて神経症の症状形成がなされることになる。
[久保田圭伍]
フロイト以後、リビドーということばは多数の研究者によって用いられたが、その意味するところは一定しているわけではない。フロイトの場合、リビドーは性的要素が濃厚であった。しかしそれだけに限定せずに、広く心的(精神的)エネルギーの意味をも含めてこの語を用いる人たちもいる。フロイトから決別して分析心理学を創始したユングはその代表的人物で、彼はリビドーが象徴(シンボル)によって変容し、それによって種々の精神的な創造活動が生じると考えた。
[久保田圭伍]
『S・フロイト著、懸田克躬訳『精神分析学入門Ⅱ』(2001・中央公論新社)』▽『C・G・ユング著、野村美紀子訳『変容の象徴』上下(ちくま学芸文庫)』
本来ラテン語で強い〈欲望〉を意味する語。性科学者モルA.Mollは,これを〈性衝動〉の意味,つまりリビドー・セクスアリスlibido sexualisの意味に限定して用い(1898),さらにS.フロイトによって精神分析理論の一核心をなすリビドー理論に導入されることになる。フロイトはこの用語をモルから借用したと述べている。フロイトのリビドー概念は彼の生涯の間で変遷した。初期の理論では,リビドーとは性的なエネルギー(その表現は多様な心的・身体的表現をとりうる)であり,〈自己保存本能〉(自我本能)とは対立するものとされていた。しかしのちには,自己保存本能もリビドーとともに作動するものと考えられた。そしてリビドーが自己に向いた状態を〈自我リビドーego libido〉〈自己愛(ナルシシズム)〉,それが自己以外の対象に向いた状態を〈対象リビドーobject libido〉〈対象愛object love〉と呼んだ。フロイトは晩年には,〈エロス〉(しだいに増大する統一体を作り出しこれを維持することがエロスの目的。生の本能)と〈破壊本能〉(死の本能)との二大本能の対立を認め,エロスのエネルギーをリビドーと呼ぶと再定義した。このリビドーに対立するものとして考えられた〈破壊本能〉を指すラテン語はデストルドーdestrudoである。
フロイトのリビドー概念は,たとえば自我リビドーが増せば対象リビドーが減るなどと考えるように,つねに量的な概念となっており,同時に水力学的,流体力学的なニュアンスを帯びた概念でもある。フロイトの初期の神経症論,性欲論,自己愛論は,ことごとくこのリビドーという中心概念に基づいて構成されてきたといえる。一方,C.G.ユングもリビドーなる概念を用いるが,ユングにとっては,リビドーとは精神的エネルギー一般を意味している。つまりフロイトは本能二元論を堅持したわけだが,ユングの見方は一元論に傾いたといえる。
→欲動
執筆者:下坂 幸三
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… 英語〈love〉,ドイツ語〈Liebe〉などは,印欧原語〈leubh〉にさかのぼることができ,〈愛・あこがれ・親しみ〉など,広い意味をもっていた。フロイトの〈リビドー〉の原語である,ラテン語〈libido〉は,〈激しい欲望〉を本義とする,この群に属する語である。 ギリシア語〈erōs〉は,〈性愛〉を指すのが普通であった。…
…動物のように,ホルモン支配の強い周期的発情期のほとんどない人間の場合,それだけ大脳新皮質との関連が強まっているといえよう。
[性欲の発達]
性欲への大脳新皮質の関与という点では,性欲をより発展させ深めた心理学的概念にリビドーlibidoの概念がある。S.フロイトは性的エネルギーをリビドーとよび,その段階的展開として,幼小児期から,口唇期,肛門期,男根期と進み,成人になると性器期として成熟すると説いている。…
…また,〈合一の欲求〉が,本来の利己性を超えて,対象の利益の顧慮から,〈自己犠牲〉にまで進むことも,強烈な〈情緒〉と〈苦楽〉をともなうことも,納得がゆく。 しかし,フロイトの説く〈リビドー〉と異なり,万有の本源から発して,全存在に遍満しなければならない,〈ある単一の力〉とは,いったいなにか。それが,なぜ,いかにして,〈合一の欲求〉を生じさせるのか。…
…精神分析の用語で,超自我,自我とともに人格を構成する三つの領域の一つとされ,ドイツ語でエスEsともいう。イドは性衝動(リビドー)と攻撃衝動の貯水池で,完全に無意識であり,遺伝的要素を主としているが,いったん意識化され,のちに抑圧されて再び無意識となった後天的要素も含む。善悪や損得の認識を欠き,時間や空間のカテゴリーもなく,矛盾を知らず,ひたすら満足を求める盲目的衝動から成っている。…
…S.フロイトの基本概念の一つ。後年になっても,リビドー発達の早期の諸段階(口唇期,肛門期,男根期)に過剰な精神エネルギー(リビドーと攻撃性)が付与されたままになっている状態。したがってその段階に特有な本能衝動のあり方,その充足方法,防衛機制がその後も存続することになる。…
… フロイトは,精神生活の中には一種のエネルギーが活動していると仮定する。生体の成長,維持,発展,すなわち結合を目的とするエロスのエネルギーをフロイトはリビドーとよぶ。精神性的発達はリビドーの発達史でもある。…
…動物のように,ホルモン支配の強い周期的発情期のほとんどない人間の場合,それだけ大脳新皮質との関連が強まっているといえよう。
[性欲の発達]
性欲への大脳新皮質の関与という点では,性欲をより発展させ深めた心理学的概念にリビドーlibidoの概念がある。S.フロイトは性的エネルギーをリビドーとよび,その段階的展開として,幼小児期から,口唇期,肛門期,男根期と進み,成人になると性器期として成熟すると説いている。…
※「リビドー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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