改訂新版 世界大百科事典 「リン酸」の意味・わかりやすい解説
リン(燐)酸 (りんさん)
phosphoric acid
五酸化二リンP2O5が水和してできる酸,すなわちオルトリン酸H3PO4,ピロリン酸H4P2O7,メタリン酸HPO3などを総称してリン酸ということがあるが,ふつうオルトリン酸orthophosphoric acidを単にリン酸ということが多い。オルトリン酸は古くから知られ最も重要なリン化合物の一つである。有機リン酸化合物は生物学的に重要で,たとえば,ショ糖類のリン酸エステルは光合成に関与し,核酸にはリン酸エステルが含まれており,生体内のエネルギー代謝にはリン酸が関係している(リン酸サイクル)。また,骨や歯の主成分はリン酸カルシウムと炭酸カルシウムの複塩である。また,PO4が縮合した形態をもつ酸は縮合リン酸(スーパーリン酸)と呼び,強酸である。
実験室で100%リン酸を得るためには,白金皿中で85%リン酸を減圧濃縮し,ついでガラス製容器に移して38℃でゆっくりと冷却し結晶させる。
性質
100%リン酸は吸湿性,水に易溶の無色透明の結晶。融点42.35℃,比重1.83。四面体形のPO4基が水素結合でつながった構造をもっている(図)。濃水溶液中でもこのような構造が多く保たれており粘性が大きい。85%リン酸は沸点158℃,比重1.685(25℃),凝固点21.1℃の粘稠な液体である。50%以下の水溶液では,リン酸は水分子との水素結合でとりまかれ粘性が小さくなる。
オルトリン酸はきわめて安定で350~400℃以下では金属を侵さないが,それより温度が上昇すると反応性が増して石英をも侵すようになる。融解したリン酸は自己解離する。
2H3PO4⇄H4PO4⁺+H2PO4⁻
イオン電導性があり,加熱すると脱水してピロリン酸,メタリン酸などのポリリン酸を与える。リン酸は中程度の三塩基酸(酸解離指数pK1=2.15(25℃),pK2=7.1,pK3≅12.4)として作用する。多くの陽イオンとの塩が知られており,これらは五酸化二リンと金属酸化物,水酸化物,炭酸塩との反応で得られる。アルカリ金属塩およびアンモニウム塩は水溶性であるが,その他のものは不溶性のものが多い。また,多くのリン酸一水素塩MI2HPO4,リン酸二水素塩MIH2PO4も知られている。
執筆者:漆山 秋雄
工業的製造法
リン鉱石から湿式法または乾式法でつくられ,それぞれ湿式リン酸,乾式リン酸と称する。
(1)湿式リン酸 日本ではリン酸のほとんどが本方式によってつくられる。無機強酸(硫酸,塩酸)で分解し,溶出したリン酸を分離する。リン鉱石の硫酸分解では,
Ca10(PO4)6F2+10H2SO4+2H2O─→6H3PO4+10CaSO4・2H2O+2HF
の反応により,硫酸カルシウム分が沈殿するので,これをろ(濾)別して母液を濃縮精製しオルトリン酸液を得る。硫酸カルシウム水和物結晶を成長させる技術が種々考案され,日本でも二水セッコウ法,半水・二水セッコウ法,二水・半水セッコウ法などの,すぐれた数種のプロセスが完成している。沈殿はリン酸セッコウと呼ばれる。大量に副生し,日本ではセメント添加剤,ボード,プラスターなどの建築材料用素材として有効に利用されている。リン鉱石の塩酸分解のときは,
Ca10(PO4)6F2+20HCl─→6H3PO4+10CaCl2+2HF
のように沈殿を生じないため,溶媒抽出法を適用する。ブチルアルコール等で処理してリン酸分を有機相に移し,さらに分解により高濃度リン酸を得る。
(2)乾式リン酸 リン鉱石にケイ石,コークスを加え電炉中で溶融すると,還元反応で元素リンが揮発生成する。リンP2を酸化してP2O5とし,次に水和してH3PO4とする。ケイ酸カルシウム質スラグが副生する。乾式リン酸の製法は蒸留方式であるため,湿式法に比べて高純度・高濃度のリン酸が得られる。原料も低品位リン鉱石で差支えない。他方,電力消費が多く,高温排ガスの処理も必要になる。
用途
各種オルトリン酸塩,縮合リン酸塩,リン酸肥料,複合肥料,飼料などの出発原料となる。金属表面処理,めっき,電解研磨その他の用途もある。リン酸塩はさらに,工業薬品,歯磨用基材,蛍光体,リン酸塩ガラス,リン酸塩セラミックスその他への広範な需要をもつ。
執筆者:金澤 孝文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報