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リーン Lean, David

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リーン
Lean, David

[生]1908.3.25. クロイドン
[没]1991.4.16. ロンドン
イギリスの映画監督。 1928年映画界に入り編集者として手腕をふるったが,42年ノエル・カワードと『我らが奉仕するもの』 In Which We Serveを共同監督して以来監督に転向,イギリス映画の代表的作家となった。アカデミー監督賞を2度受賞。おもな作品『逢びき』 Brief Encounter (1946) ,『大いなる遺産』 Great Expectations (46) ,『戦場にかける橋』 Bridge on the River Kwai (57) ,『アラビアのロレンス』 Lawrence of Arabia (62) ,『インドへの道』A Passage to India (84) 。

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デジタル大辞泉の解説

リーン(David Lean)

[1908~1991]英国の映画監督。「逢びき」でカンヌ国際映画祭グランプリを獲得。のち、「戦場にかける橋」「アラビアロレンス」「ドクトル‐ジバゴ」など、国際的な大作を次々と手がけてヒットさせた。他の作品に「旅情」「インドへの道」など。

リーン(lean)

[形動]《やせた、引き締まった、などの意》生産方式や企業で、無駄を排したさま。「力強いリーン会社

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百科事典マイペディアの解説

リーン

英国の映画監督。N.カワードのシナリオによる恋愛映画《逢びき》(1946年)によってイギリス・リアリズムを世界に周知させた。その後C.ディケンズの小説を映画化した《大いなる遺産》(1946年),アカデミー賞を受賞した《戦場にかける橋》(1957年),《アラビアのロレンス》(1962年)等の作品がある。
→関連項目オトゥールコロムビア映画[会社]早川雪洲ヘプバーン森田芳光

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世界大百科事典 第2版の解説

リーン【David Lean】

1908‐91
イギリスの映画監督。イギリスの小市民的な文芸映画から国際的な超大作までをみごとにこなす〈職人的〉名匠として知られ,編集技術をマスターしたその緻密(ちみつ)な構成力がもっとも高く評価されている。記録映画,劇映画の編集から出発し,1941年,劇作家のノエル・カワードの初の製作・脚本・監督作品《われらの奉仕するところIn Which We Serve》に共同監督として招かれ,次いでカワードの製作・脚本(あるいは原作)による《幸福なる種族》(1944),《陽気な幽霊》《逢びき》(ともに1945)を撮って,第一級の監督として認められた。

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大辞林 第三版の解説

リーン【lean】

やせていること。脂肪のないこと。
無駄のないこと。引き締まっていること。
貧弱なこと。乏しいこと。

リーン【David Lean】

1908~1991) イギリスの映画監督。緻密な構成とリアルな演出に定評がある。代表作「旅情」「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」「ドクトル=ジバゴ」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リーン
りーん
David Lean
(1908―1991)

第二次世界大戦後のイギリスを代表する映画監督。ロンドン南郊クロイドンに生まれる。20歳で映画界入りし、フィルム編集の仕事を経て1942年監督となる。ノエル・カワードの戯曲による『幸福なる種族』(1942)と『陽気な幽霊』(1945)、そして妻子ある医師と人妻の短い恋を描く『逢(あい)びき』(1945)で名声を博し、その後もディケンズの映画化『大いなる遺産』(1946)や『オリヴァ・ツイスト』(1948)など、イギリス映画らしいじみな秀作を数々発表。『旅情』(1955)でベネチアを舞台にアメリカのオールドミスの恋をロマンチックに描いたあと、『戦場にかける橋』(1957)、『アラビアのロレンス』(1962)、『ドクトル・ジバゴ』(1965)と国際的な大作に転じ、スペクタクルを絡めたスケールの大きな人間ドラマを展開して、世界的巨匠の地位についた。1957年度、1962年度のアカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞。その後の作品に『ライアンの娘』(1970)、『インドへの道』(1984)がある。[宮本高晴]

資料 監督作品一覧

軍旗の下に In Which We Serve(1942)
幸福なる種族 This Happy Breed(1942)
陽気な幽霊 Blithe Spirit(1945)
逢びき Brief Encounter(1945)
大いなる遺産 Great Expectations(1946)
オリヴァ・ツイスト Oliver Twist(1948)
情熱の友 The Passionate Friends(1949)
マデリーン 愛の旅路 Madeleine(1950)
超音ジェット機 The Sound Barrier(1952)
ホブスンの婿選び Hobson's Choice(1954)
旅情 Summertime(1955)
戦場にかける橋 The Bridge on the River Kwai(1957)
アラビアのロレンス Lawrence of Arabia(1962)
ドクトル・ジバゴ Doctor Zhivago(1965)
ライアンの娘 Ryan's Daughter(1970)
インドへの道 A Passage to India(1984)

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世界大百科事典内のリーンの言及

【逢びき】より

…1946年製作。劇作家ノエル・カワードが自作の一幕物《静物画》(1936)をみずから脚色し,すでに彼の原作による《幸福なる種族》(1944),《陽気な幽霊》(1945)を撮った新鋭監督デビッド・リーンが映画化した作品。ロッセリーニの《無防備都市》(1946)やルネ・クレマンの《鉄路の闘い》(1946)など,戦火の跡もなまなましい現実を描いた当時のリアリズム映画とは対照的に,古めかしい愛の物語を激情を抑えたイギリス的な〈控えめ〉な語り口で描き,リーンは戦後イギリス映画を代表する監督の一人となった。…

【イギリス映画】より

…イギリスには,映画の前史を形成したもっとも重要な人々が存在した。18世紀後半に〈パノラマ〉を考案したR.バーカー,19世紀前半に〈ファラデーの車輪〉と呼ばれる装置を発案したM.ファラデー,〈ソーマトロープ〉を考案したフィットンとパリス,〈ゾーエトロープ〉を考案したW.G.ホーナー,19世紀後半には初めて〈連続写真〉の撮影を行ったE.マイブリッジ,映画用カメラを初めて作ったW.フリーズ・グリーン等々。次いで1896年3月に《ドーバーの荒海》と題した自作のフィルムのイギリスでは初めての興行上映を行ったR.W.ポール,1900年前後にいち早くクローズアップやカット・バックといった映画的手法や,ロケーション撮影や書割を背景に用いたセット撮影を駆使して世界最初の〈モンタージュ〉を試みたG.A.スミスをはじめ,J.ウィリアムソン,C.アーバン,C.ヘプワースら,映画史家G.サドゥールによって〈ブライトン派〉と名づけられた映画のパイオニアたちが輩出した。…

【戦場にかける橋】より

…アメリカの資本と監督デビッド・リーン,主演アレク・ギネスをはじめとするイギリス人のスタッフによってイギリスでつくられたアメリカ映画。1957年製作。…

※「リーン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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