レスリング(英語表記)wrestling

翻訳|wrestling

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

格闘競技の一種。2人の競技者が素手でマット上で組み合い,相手の両肩をマットに押さえつけることを競う。下半身の攻防を禁ずるグレコローマンスタイルと,どこを攻めてもよいフリースタイルの 2種目がある。その起源は,少なくとも前3000年以前にさかのぼり,古くから世界各国で行なわれていた。古代オリンピックでは第18回大会(前704)から競技種目として加えられている。中世になってヨーロッパにグレコローマンスタイルのルールができ,11世紀にはイギリスでフリースタイルが生まれた。近代オリンピックでは第1回のアテネ・オリンピック競技大会(1896)以来正式競技となり,1921年には国際アマチュアレスリング連盟が設立された。日本には 1931年フリースタイルが導入され,翌 1932年日本アマチュアレスリング協会が設立された。競技方法は 3分 2ピリオドのトータルポイント制(ピリオド間の休憩は 30秒)。競技中相手の両肩を 1秒間マットに完全に押さえつければその段階でフォール勝ちとなり,試合は終わる。フォールがない場合は,技によって与えられるポイントの合計が多い選手が勝者となる。ただし,フリースタイルで 10点差,グレコローマンスタイルで 8点差がついたときはテクニカルフォール勝ちとしてその段階で終了する。1992年国際アマチュアレスリング連盟が国際レスリング連盟 FILAと改称,日本もそれにならい日本レスリング協会と改称した。女子競技(フリースタイルのみ)は 1987年から世界選手権大会が始まり,2004年アテネ・オリンピック競技大会から正式種目として採用された。

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知恵蔵の解説

全身を自由に攻められるフリースタイルと、下半身の攻防が禁止されているグレコローマンスタイルとがある。両スタイルとも体重による10階級制をとっていたが、1997年から8階級、2002年からは7階級制になった。マット上で2人の競技者が相対し、相手の両肩をマットに押さえつけるフォールで勝負が決まる。攻撃にはタックルや投げなどの立ち技と寝技があり、1〜5点のポイントで評価される。05年からルールが大幅に改正され、3分2ピリオド制から2分3ピリオド制に。フォールがない場合は、ポイント差などで2つのピリオドをとった選手が勝者となる。グレコローマンスタイルは古代オリンピックの時代から実施されており、近代五輪でも第1回アテネ大会から正式競技。日本は金メダルを計20個獲得し、「お家芸」と呼ばれた。五輪のメダル獲得は続いているが、金メダルは88年ソウル大会の2個を最後に4大会逃している。代わって日本女子の活躍が目ざましく、正式種目となった2004年アテネ五輪では、金2個、銀、銅1個ずつと全4階級でメダルを獲得した。

(安藤嘉浩 朝日新聞記者 / 2007年)

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百科事典マイペディアの解説

格闘競技の一つ。広義には日本の相撲なども含む,2人が組み合って争う格闘競技一般をさすが,一般にはオリンピック種目でもあるアマチュアレスリングをさす。2人の競技者がマット(直径9m)上で素手で闘い,相手の両肩を同時に1秒間マットにつける(フォール)と勝ち。全試合時間(1分の休憩をはさみ前後半各3分ずつ計6分)を通じてフォールが成立しなかった場合は技術得点(4〜1点)の多い方を勝ちとする。12点以上の差がつくとテクニカルフォールとなって試合は終了する。消極的な態度に対しては警告(コーション)が与えられ,警告3回で失格となる。同点の場合も競技内容によって判定され,引分けはない。競技会においては独特の敗者復活戦方式が用いられる。グレコローマンスタイル(グレコローマンレスリング)とフリースタイルの2種目がある。オリンピック種目としては,第一回アテネオリンピックでグレコローマンが実施され,1904年のセントルイスオリンピックからフリースタイル,グレコローマンの2種目が実施されている。女子はフリースタイルが2004年のアテネオリンピックから正式種目となった。オリンピックでは時代により体重別の実施種目の変遷があるが,2004年のアテネオリンピックからは男子はグレコローマン,フリースタイルとも55kg級,60kg級,66kg級,74kg級,84kg級,96kg級,120kg級の7階級である。女子フリースタイルは48kg級,55kg級,63kg,72kgの4階級で実施された。2016年のリオデジャネイロオリンピックからは,女子は48kg級,52kg級,56kg級,61kg級,68kg級,72kg級の6階級に変更される。フリースタイルは旧ソ連(ロシア),アメリカ,日本,トルコが強豪。グレコローマンは旧ソ連(ロシア),フィンランド,スウェーデンが強豪。日本は男子フリースタイル55kg級で,1952年のヘルシンキオリンピックで石井庄八が金,1964年の東京オリンピック,1968年のメキシコシティーオリンピックで上武洋次郎が2大会連続金,1972年ミュンヘンオリンピックで柳田英明が金,1984年ロサンゼルスオリンピックで富山英明が金。66kg級で,1956年メルボルンオリンピックで笠原正三が金,1964年東京オリンピックで渡辺長武が金,1968年のメキシコシティーオリンピックで金子正明が金を獲得。54kg級(廃止,旧フライ級)で1964年東京オリンピックから1976年モントリオールオリンピックまで4大会連続金メダルを獲得(吉田義勝,中田茂男,加藤喜代美,高田裕司)した。48kg級(廃止,旧ライトフライ級)でも1988年のソウルオリンピックで小林幸至が金メダルを獲得。中軽量級で圧倒的な強さを発揮する時代が続き,日本のお家芸と言われた。近年は振るわなかったが,2008年の北京オリンピック55kg級で松永共広が銀,2012年のロンドンオリンピック66kg級で米満達弘が金を獲得,復活の兆しが見えた。女子フリースタイルは,48kg級で2004年アテネオリンピック,2008年北京オリンピックで,伊調千春が2大会連続銀,2012年ロンドンオリンピックで小原日登美が金メダルを獲得。55kg級で,吉田沙保里がアテネオリンピック,北京オリンピック,ロンドンオリンピックと3大会連続金,63kg級でも,伊調馨が同じく3大会連続で金メダルを獲得,圧倒的な強さを見せている。吉田沙保里は世界選手権でも連覇を続けており,2013年の世界選手権金メダルで,世界大会(オリンピックと世界選手権)で14連覇を達成している。→プロレス
→関連項目五種競技サンボパリオリンピック(1924年)

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世界大百科事典 第2版の解説

レスリングは世界最古のスポーツといわれ,人類の起源とともにあった競技である。人類がその生存,生き残りをかけて,生活の重要な手段として発展してきた格闘競技である。対人競技に属し,日本の相撲,柔道や,サンボモンゴル相撲インド相撲,中国相撲の摔跤(シュアイジャオ)なども含まれるが,スポーツの種目としてはオリンピックで実施されているレスリング競技を指し,フリースタイルレスリングfree style wrestling,グレコローマンレスリングGreco‐Roman style wrestlingの二つの種目がある。

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大辞林 第三版の解説

二人の競技者が組み合って行う格闘競技。相手の両肩を同時に一秒間マットの上に押さえつける(フォール)ことで勝敗を決める。フリースタイルとグレコローマンスタイルがあり、体重により階級を分けて行う。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

格闘競技の一種。日本では、相撲、柔道などと並ぶ組み技格闘技として知られている。レスリングの語源である「wrestle」という単語には、「組み合う」という意味のほか、「人や困難と闘う」という意味があり、西洋の格闘技の基礎ともなっている。
 オリンピックで行われているレスリングには男子フリースタイル、男子グレコローマンスタイル、女子フリースタイルの3種類がある。フリースタイルは全身を攻撃と防御に使えるが、グレコローマンスタイルは腰から下を使うことが禁止されている、上半身の攻防に限った闘いである。両者は技術的にかなり違う部分もあるが、基本は相手を倒して押さえ込むことで勝敗が決まる。[高田裕司・斎藤 修]

歴史

レスリングは、有史以前も獲物の捕獲技術その他の手段として利用されるなど、その発祥は遠く文明の起源にさかのぼることができる。1938年にメソポタミアで、ペンシルベニア大学の考古学者スパエイサーEphraim Avigdor Speiser(1902―1965)博士が、組み合う2人の男性像が描かれている石板と鋳銅を発見した。これは紀元前3000年以前のものと推定され、その時代にはすでにレスリング競技があったと考えられる。ナイル河畔の都市ペニハッサンには、紀元前2500年ごろにつくられたと思われる墓壁があり、レスリングの群像が多数刻まれている。このころにはスポーツとしての地位が確立していたものとみられる。そのほか、中国、インドなどの古代国家でも行われていたことが実証されている。その後エーゲ文化を経て、東洋から古代ギリシアに継承され、ホメロスの詩にも歌われた。紀元前776年にアテネでスタートした古代オリンピックでは、紀元708年大会からレスリングが採用され、主要競技の一つとなった。アリストテレスの著作に「レスリング選手は若い男性の美しさの代表」との記述がみられるなど、レスリングは人気とステータスのある競技であった。
 しかし、ヘレニズム時代からギリシア・ローマ時代を迎えるころには、多額の賞品目当ての職業選手によるものと化し、競技内容もきわめて野蛮になってしまった。やがてローマ人は、従来のレスリングに創意を加えて新しい規則を制定したが、これが現在のグレコローマンスタイルの原型といわれている。ただし、現行のグレコローマンスタイルは1860年ごろにフランスの格闘技学校において考案されたもので、当時の型とは似て非なるものとされている。
 やがてヨーロッパが中世の騎士制度の時代に入ると、レスリングは騎士が身につけるべき必修の武技として奨励されたが、16世紀に火器が出現し、交戦の様態が一変するに及んでその意義を失い、純粋な競技として生まれ変わった。やがてイギリスで、全身のどこを使ってもよく、関節技を含めたスタイルのレスリングが生まれ、これがアメリカへ渡って関節技を排除した競技に変わり、フリースタイルとなった。
 近代オリンピックにもレスリングは第1回アテネ大会(1896)から正式種目として認められている(ただし、最初は今日のような型や体重による区別はなかった)。他競技と掛け持ちで出場する選手も多く、優勝したのは、体操競技でも金メダルを取ったドイツのカール・シューマンCarl Schuhmann(1869―1946)であった。1904年のセントルイス大会では、フリースタイルの試合が体重別7階級で行われた。それまでフリースタイルはヨーロッパでは行われていなかったので参加国はアメリカのみであったが、これ以降フリースタイルは各国に広まり、1908年のロンドン大会以降はグレコローマンスタイルとフリースタイルの両方が行われている。2004年のアテネ大会からは女子競技も加わった。
 男子競技はグレコローマンスタイル、フリースタイルとも体重別10階級の時代が長く続いたが、2012年時点では男子各7階級、女子はフリースタイルのみの7階級で、オリンピック・ロンドン大会の女子競技は、そのうちの4階級で行われた。2016年のリオ・デ・ジャネイロ大会では男子グレコローマンスタイル・フリースタイル、女子フリースタイルともに6階級実施となった。2017年に階級が変更されて男子・女子ともに10階級となったが、オリンピック実施階級は6階級のままとされた。
 2020年の東京大会での実施階級は以下のとおりである(階級区分は「~キログラム以下」を意味する)。
(1)男子フリースタイル 57キログラム、65キログラム、74キログラム、86キログラム、97キログラム、125キログラム。
(2)男子グレコローマンスタイル 60キログラム、67キログラム、77キログラム、87キログラム、97キログラム、130キログラム。
(3)女子フリースタイル 50キログラム、53キログラム、57キログラム、62キログラム、68キログラム、76キログラム。[高田裕司・斎藤 修]

日本のレスリング

日本のレスリングの歴史は、1924年(大正13)のオリンピック・パリ大会に参加した内藤克俊(かつとし)(1895―1969)にさかのぼる。当時ペンシルベニア州立大学に留学していた内藤が、日本代表としてフリースタイルのフェザー級に出場し、銅メダルを獲得したのである。しかし日本国内でレスリングは広まらず、1931年(昭和6)4月、八田一朗(はったいちろう)(1906―1983)が中心となって早稲田(わせだ)大学にレスリング部をスタートさせたのが、日本での本格的なレスリングの始まりとなった。選手の育成が行われ、翌1932年のロサンゼルス大会、続く1936年のベルリン大会に参加したものの、第二次世界大戦中は敵性スポーツとしてレスリングそのものが行われなくなってしまった。戦後、国際レスリング連盟(Fdration Internationale des Luttes Associes:FILA。現、世界レスリング連合United World Wrestling:UWW)へ復帰し、1952年(昭和27)のヘルシンキ大会では、フリースタイルのバンタム級に出場した石井庄八(しょうはち)(1926―1980)が、日本選手団全体で唯一の金メダルを獲得するなど、敗戦に打ちひしがれていた日本に明るいニュースをもたらした。1956年のメルボルン大会ではフリースタイルでフェザー級の笹原正三(ささはらしょうぞう)(1929― )とウェルター級の池田三男(みつお)(1935―2002)、1964年の東京大会ではフリースタイルで3人、グレコローマンスタイルで2人が金メダルを獲得するなど、世界の強豪国としての地位を築いた。その後も数多くのメダリストを輩出したが、2000年(平成12)以降、男子ではフリースタイル66キログラム級の米満達弘(よねみつたつひろ)(1986― )が2012年のロンドン大会で金メダルを獲得し、通算21個目となった。[高田裕司・斎藤 修]

女子レスリングの歴史

女子レスリングは、1970年代後半から1980年代前半にフランスや北欧で始まった。1983年にFILAは女子レスリング部門を認定し、1985年1月には、フランスのクレルモンフェランで初のFILA認定である女子国際大会「ロジャークーロン大会」が開催された。日本からも柔道選手であった大島和子(1948― )が出場したが、本場の選手の前に完敗した。
 オリンピックでは、2004年のアテネ大会から女子種目(フリースタイル)が採用され、48キログラム級、55キログラム級、63キログラム級、72キログラム級の4階級で競技が行われた。日本選手では55キログラム級の吉田沙保里(よしださおり)(1982― )と63キログラム級の伊調馨(いちょうかおり)(1984― )が優勝し、2008年の北京(ペキン)大会でもこの2人が2連覇を達成した。2012年のロンドン大会では48キログラム級の小原日登美(おばらひとみ)(1981― )が優勝。55キログラム級の吉田と63キログラム級の伊調も優勝し、3連覇を達成した。
 2016年のリオ・デ・ジャネイロ大会では、実施階級が4階級から6階級に変更され階級区分も変更された。48キログラム級では登坂絵莉(とうさかえり)(1993― )が優勝。伊調は58キログラム級で出場して優勝し、63キログラム級の3連覇とあわせて、4連覇を達成した。また63キログラムで川井梨紗子(かわいりさこ)(1994― )、69キログラム級で土性沙羅(どしょうさら)(1994― )が優勝した。4連覇を目ざした53キログラム級の吉田は決勝で敗れ銀メダルに終わったが、日本チームは実施階級6階級中、金メダル4個・銀メダル1個の好成績を残した。[高田裕司・斎藤 修]

競技方法

競技は、規定の競技場で、3人の審判のもとに2人の競技者によって行われる。試合時間は3分間×2ピリオド制で、ピリオド間の休憩は30秒である。相手の両肩を完全に1秒間以上マットにつけることを「フォールする」といい、フォールした時点で試合の勝者となる。フォールのない場合は、2ピリオドの合計ポイントの多寡で勝者が決定される。同点で終了した場合はビッグポイント・警告(コーション)・ラストポイントの評価で勝者が決定される。また試合を通じて警告を計3度受けた場合は失格となり敗者となる。
 通常の大会では、審判はマット・チェアマン(マット主任)1人、レフェリー(主審)1人、ジャッジ(副審)1人の計3人で構成される。マット・チェアマンは各マットの責任者で、フォール、ポイント、警告などでレフェリーとジャッジの意見が一致しないときに、その裁決をする。レフェリーは競技の進行をつかさどる者で、笛、ゼスチュア、公用語(英語)による指示によって競技が開始、中断、再開、終了される。ジャッジはレフェリー、マット・チェアマンと協議しながら、選手の得点をスコアシートに記入しなければならない。審判の判定に不同意の場合はコーチ・選手がビデオ映像の確認を要求するチャレンジが1試合で1回行える。チャレンジが成功すると得点が訂正され、チャレンジ権は継続されるが、失敗すると相手選手に1点が与えられチャレンジ権は失われる。
 得点の評価は次のとおり。
[1]1点
(1)場外に1足を踏み出した場合、相手の選手に与える。
(2)パーテレポジション(両手・両膝(ひざ)・頭の5点のうち、3点以上がマットについた状態)の選手が相手選手の背後に回った場合に与える(カウンターアタック)。
(3)フリースタイルにおいて、30秒間のアクティビティ・タイム(消極的な選手に課せられる、ポイントを獲得する時間)でポイントが成立しなかった場合、相手選手に与える。
(4)選手がチャレンジを要請したものの、最初の判定が正しい場合、相手の選手に与える。
(5)フリースタイルにおいて、警告を受けた場合、相手の選手に与える。
(6)グレコローマンスタイルにおいて、パッシビティ(消極性)を宣告された場合、相手選手に与える。
(7)グレコローマンスタイルにおいて、攻撃者が足を使った攻撃を2回行った場合、相手選手に与える。
(8)出血のない負傷あるいは、「負傷」と称して試合を止める行為の場合、相手選手に与える。
[2]2点
(1)相手の背後に回り、完全にマット上にパーテレポジションにコントロールした場合(テーク・ダウン)。
(2)寝技において正しい技術で、デンジャーポジション(相手の肩をマットに対し90度以上傾けた状態)にもち込んだ場合。
(3)グレコローマンスタイルにおいて、警告を受けた場合、相手選手に与える。
[3]4点
(1)スタンド・レスリング(立ち技の攻防)において、直接相手をデンジャーポジションにもち込んだ場合。
[4]5点
(1)スタンド・レスリングまたはグラウンド・レスリング(寝技の攻防)状態から、相手を持ち上げて高い弧を描き、直接デンジャーポジションに着地するすべての投げ技に与える(グランド・アンプリチュード)。
[5]警告
(1)反則行為をした場合、選手に警告が与えられ、フリースタイルは相手選手に1点、グレコローマンスタイルは相手選手に2点が与えられる。
(2)粗暴行為は1回で失格(レッドカード)となり、選手の順位は最下位となる。
[6]下記の場合はテクニカルフォールとなり、その段階で試合が終了する。
(1)フリースタイルにおいて10点差がついたとき。
(2)グレコローマンスタイルにおいて8点差がついたとき。[高田裕司・斎藤 修]

施設と用具

従来の競技場は8メートル四方のマットであったが、1971年から直径9メートルの円形となった。これは高さ80センチメートル~1.8メートルの仕様とし、12メートル四方の台上に、マットレスを敷き詰め、その上にキャンバスを張り、それに直径9メートルの円を描いてつくられる。
 服装に関する規定は、選手のユニフォームとしては、ワンピースのシングレットが指定されており、出場コーナーによって着衣の色が異なるので、つねに赤と青の2着を用意しなければならない。材質は相手選手に対して刺激性・危険性がない、なめらかな布でなければならない。競技会には、男女とも止血用の白いハンカチの携行が義務づけられている。靴はかかとのないものとされている。靴ひもが表に出ないように、テープで止めるか、靴の中に収める。そのほか、ひげや爪(つめ)を伸ばしたり、汗ばんだ身体や頭髪に整髪料を塗ったり、指輪類、ブレスレット類、ピアス類等の金具を使用したりすることが禁止されている。[高田裕司・斎藤 修]
『道明弘章・笹原正三監修『NHKスポーツ辞典』(1961・日本放送出版協会) ▽笹原正三著『改訂・レスリング』(講談社スポーツシリーズ)(1978・講談社) ▽В.К.Крутьковский :Вольнад борьба(1964, Москва) ▽Graeme KentA Pictorial History of Wrestling(1968, Hamlyn Publishing Group Ltd., Czechoslovakia)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 (wrestling) 直径九メートルのマットの上で、二人の競技者が、互いにわざを出しあって、相手の両肩をマットに一秒間おさえつけることによって勝敗を決める格闘技。グレコローマンスタイルとフリースタイルとがあり、競技者の体重によって階級を分ける。
※熱球三十年(1934)〈飛田穂洲〉終吉と常吉「老人の巨体は宙に浮いてまさに大木のやうに倒れんとしたが、レスリングの心得があるので」

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世界大百科事典内のレスリングの言及

【競技場】より

…【富岡 元信】
[古代ギリシア・ローマの競技場]
 古代ギリシアのスポーツ施設はギュムナシオンgymnasionと呼ばれている。もとは脱衣した青少年が競走したり,乗馬を学んだり,レスリングや拳闘をしたり,円盤を投げたりできる広い運動場のことであった。体育を,音楽や文学,哲学などの芸術や学問と共に青少年の教育に欠かせないものと考えていたギリシアでは,やがてギュムナシオンを総合的な教育施設として発展させた。…

※「レスリング」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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