ワグナー(英語表記)Wagner, Robert Ferdinand

  • 1874―1955
  • Adolf Heinrich Gotthilf Wagner
  • John Peter Wagner
  • Richard Wagner
  • Robert Ferdinand Wagner
  • Wagner, Honus
  • Wilhelm Richard Wagner
  • ワグナー Wagner, Gottfried

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

[生]1877.6.8. ナシュタッテン
[没]1953.5.5. ニューヨーク
ドイツ生れのアメリカの政治家。少年時代に渡米。ニューヨーク州で政界に入り,1926年連邦上院議員に当選。 1930年代に全国労働関係法 (ワグナー法 ) や社会保障法など,ニューディールの重要な社会改革立法の制定に重要な役割を演じた。
[生]1874.2.24. ペンシルバニア,マンスフィールド
[没]1955.12.6. ペンシルバニア,カーネギー
アメリカ合衆国のプロ野球選手。本名 John Peter Wagner。大リーグ史上最高の遊撃手といわれている。 1897~99年ルイビル・カーネルズ,1900~17年ピッツバーグ・パイレーツに所属。「フライング・ダッチマン」の愛称をもち,パイレーツ時代にナショナルリーグ首位打者に8回,盗塁王に5回輝いた。引退までの 21年間の通算打率は3割2分7厘 (別集計によると3割2分9厘) ,安打数は 3415 (同 3430) ,盗塁数は 722。また,通算の三塁打数 252はナショナルリーグ最多記録。野球殿堂開設を控えた 1936年,最初の殿堂入りを果たした5選手のうちの一人に選ばれた。

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デジタル大辞泉の解説

[1835~1917]ドイツの経済学者。新歴史学派の代表者で、自由放任主義社会主義革命とに反対して、国家社会主義を唱えた。財政学」。
[1877~1953]米国政治家全国産業復興法などの社会立法を提案し、ニューディール政策に参画ワグナー法立案
[1813~1883]ドイツの作曲家。従来のアリア偏重のオペラに対し、音楽・演劇・詩の統一的な融合による総合芸術をめざして楽劇創始晩年バイロイト祝祭劇場を設立。作品に「タンホイザー」「ローエングリン」「トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」など。ワーグナーワグネル

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朝日日本歴史人物事典の解説

没年:明治25.11.8(1892)
生年:1831.7.5
ドイツの応用化学者,日本近代工業の指導者。ハノーバーに生まれ,ゲッチンゲン大学で博士号を取得したのちフランスほか各国をめぐり種々の職業につく。明治1(1868)年アメリカのホアルシェが長崎で石鹸工場を建設するのを頼りに来日。3年肥前(佐賀)藩の招きで有田の磁器窯の改良を依嘱され,陶磁器とのかかわりを持つことになり,石炭窯・酸化コバルトの使用法などを指導した。6年ウィーン万国博に日本事務局のお雇い外国人として参加し,日本物産が大好評を獲得する立役者となり,『維納大博覧会報告』をまとめた。その後教職にもどり,工部省勧業寮に勤め,陶器の石膏成形・電気鍍金・写真術・合金法などを教えた。このころから陶磁製法に興味を深め,種々の彩色法を考案している。のち京都府立医学校,京都舎密局,開成学校などに勤めた。15年,加藤友太郎が牛込に築窯するに当たって指導し,その後みずから小石川の江戸川に吾妻焼を興した。のち麻布霊南坂,20年に東京職工学校に窯を移し,旭焼と呼んだ。ちなみに,ワグナーの建議を受けて明治14年東京職工学校創立,17年に陶磁科が設けられたが,これが現在の東京工業大学窯業科の前身で,日本陶磁教育の濫觴となった。一時帰国し,25年に再来日,同年東京で病した。<参考文献>故ワグネル博士記念事業会『ワグネル先生追懐集』

(矢部良明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカのプロ野球選手(右投右打)。大リーグ(メジャー・リーグ)のルイビル・コロネルズ、ピッツバーグ・パイレーツでおもに遊撃手としてプレー。19世紀後半から20世紀初頭に活躍し、首位打者を8回獲得した大打者である。1917年にはパイレーツで監督も務めた。

 2月24日、ペンシルベニア州チャーティアーズで生まれる。1897年、コロネルズに入団。1999年限りで同球団がナショナル・リーグから脱退すると、他の14選手とともにパイレーツに加入した。新天地1年目の1900年に、打率3割8分1厘で首位打者を獲得。1901年と02年は2年連続して打点王と盗塁王になった。1903年と04年、そして06年から4年連続して首位打者を獲得。この間、1904年、07年、08年には盗塁王となり、08年と09年は打点王との二冠王であった。1903年と09年にはワールド・シリーズに出場、09年は同シリーズを制した。さらに、1911年に首位打者を獲得し、12年は打点王となった。1913年の3割ちょうどを最後に、打率は2割台に低迷するようになり、1917年限りで引退。現役最終年は、5試合だけ監督として采配(さいはい)も振るった。1933年から51年までは、古巣パイレーツでコーチとして後進の指導にあたった。

 選手としての21年間の通算成績は、出場試合2792、安打3415、打率3割2分7厘、本塁打101、打点1732。獲得したおもなタイトルは、首位打者8回、最多安打2回、打点王5回、盗塁王5回。1936年に野球殿堂入り。

[山下 健]

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367日誕生日大事典の解説

生年月日:1877年6月8日
アメリカ(ドイツ生まれ)の政治家
1953年没
生年月日:1840年6月23日
ドイツの地理学者
1929年没
生年月日:1805年6月30日
ドイツの生理学者,解剖学者
1864年没
生年月日:1813年10月3日
ドイツの生物学者
1887年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

⸨ワグネル・ワーグナー⸩
[一] (Adolf Heinrich Wagner アドルフ=ハインリッヒ━) ドイツの経済学者、政治家。新歴史学派の代表。プロイセン‐ユンカーを代弁する国家社会主義者。(一八三五‐一九一七
[二] (Wilhelm Richard Wagner ビルヘルム=リヒャルト━) ドイツの作曲家。指揮者としてパリやドレスデンで波瀾の生活を送ったのち、評論「オペラとドラマ」で楽劇理論を確立。オペラ「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」、楽劇「ニーベルングの指環」「トリスタンとイゾルデ」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」など、ドイツ‐ロマン派を代表する大作を残した。(一八一三‐八三
[三] (Gottfried Wagner ゴットフリート━) ドイツの科学者。明治三年(一八七〇)来日して化学工業の指導や、応用化学の教授にあたり、陶器の釉薬研究、窯の改良などすぐれた業績を残した。美術的な製品では特に旭焼(吾妻焼ともいう)の名で知られる。(一八三一‐九二
[四] (Robert Ferdinand Wagner ロバート=ファーディナンド━) ドイツ生まれのアメリカの政治家。F=ルーズベルト大統領のもとでニューディール政策を推進、多くの社会立法を提出した。そのうち全国労働関係法はワグナー法と呼ばれる。(一八七七‐一九五三

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

1813〜83
ドイツ−ロマン派の作曲家・楽劇の創始者
音楽と演劇との融合をはかって「タンホイザー」(1845)「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(1867)など,多くのオペラを残した。三月革命では自由主義者として活躍。1876年,バイロイトにみずかららの楽劇上演のための祝祭劇場を完成させた。

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