中国,明代末期(17世紀前半)に出版された五つの口語体短編小説集の総称。すなわち馮夢竜(ふうぼうりゆう)編の《喩世明言》(原題は《古今小説》),《警世通言》《醒世恒言》の〈三言〉と,凌濛初(りようもうしよ)編の《初刻拍案驚奇》《二刻拍案驚奇》の〈二拍〉とを言う。各書とも40巻,計200巻。各巻が小説1編であるが,重複1編と《二刻拍案驚奇》第40巻が実は戯曲であるのを除き,全部で198編の小説を収める。内容は,宋・元代に行われた講釈師の講談を筆録したもの,すなわち〈話本〉,および明代に話本の形式になぞらえて作られたいわゆる〈擬話本〉から成り,中には編者自身の創作もあるらしい。〈擬話本〉は〈三言〉よりは,のちに出た〈二拍〉の方に多い。これらの〈話本〉〈擬話本〉は主に宋・元・明間の商人や職人など無名の都市生活者を主人公とする市井の物語であり,そこには当時の生活の諸相が活写されており,中国近世の庶民社会の生活意識と思想をうかがい知るためにはかっこうの資料となっている。明代後期は,一般に商工業が発達し資本主義経済の萌芽がみられた時期とされるが,文学の方面においても,そのような機運に伴い,それまで埋もれていた民間の俗文学が集大成され,たとえば元代の芝居の脚本を集めた《元曲選》などが出版された。〈三言二拍〉の出現もそのような傾向と軌を一にするものと言えよう。清代になると,〈三言二拍〉の選集である《今古奇観(きんこきかん)》が簡便なために流行し,さらには政府のたび重なる禁書政策のせいもあって,〈三言二拍〉は世上より姿を消し,20世紀初頭,日本の学者の手によって,日本の内閣文庫などから再発見されるまでは,その存在さえも忘れられていた。日本には中国での刊行後まもなく舶載され,江戸時代の文学,特に読本(よみほん)の成立に大きな影響を与えた。読本の第一作と目される都賀庭鐘の《英草紙(はなぶさそうし)》は〈三言〉などより9編を翻案したものである。
執筆者:村松 暎
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馮夢龍(ふうぼうりゅう)によって編集された『古今小説(ここんしょうせつ)』(1621?刊。のち『喩世明言(ゆせいめいげん)』と改題)、『警世通言(けいせいつうげん)』(1624)、『醒世恒言(せいせいこうげん)』(1627)、および凌濛初(りょうもうしょ)の『拍案驚奇(はくあんきょうき)』(1628)、『二刻拍案驚奇』(1632)の総称。明(みん)の嘉靖(かせい)年間(1522~67)に洪楩(こうべん)が、宋(そう)代以降、講釈師によって語られてきた小説(講釈の一種)のテキスト(話本(わほん))を『六十家小説』として刊行したのを受け、馮・凌2氏がこれ以降の話本や自己の創作をも加えて編集刊行したもの。各40編よりなるが、『二刻拍案驚奇』が戯曲を1編収め、かつその1編が『拍案驚奇』と重複するため総計198編からなる。「三言二拍」により、明末に存在していた話本のほとんどは目にしうるわけであるが、旧作も馮・凌2氏による改変を受けており、これをそのまま宋・元(げん)の話本とみなすことはできない。また刻するにふさわしくないと判断された話本が収められなかったことも、『六十家小説』の一部である『雨窓欹枕集(うそうきちんしゅう)』『清平山堂話本』、万暦ごろに刊行された『熊竜峯(ゆうりゅうほう)四種小説』および当時の通俗類書から知られる。「三言二拍」はその後このなかから40編を選んだ『今古奇観(きんこきかん)』が刊行されるに及び、中国では廃れるに至った。しかしその刊行よりおよそ100年を経て相次いで輸入された日本では、その一部に訓点を施した『小説三言』も刊行され、都賀庭鐘(つがていしょう)、上田秋成(あきなり)ら江戸時代の読本(よみほん)作家に多大な影響を及ぼすとともに、また明治に入って再発見されたその刊本は話本研究を大いに進展させた。
[大塚秀高]
『松枝茂夫他訳『宋・元・明通俗小説選』(『中国古典文学大系25』所収・1970・平凡社)』▽『辛島驍訳『全訳中国文学大系10~14 醒世恒言1~5』(1958・東洋文化協会)』
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…これらの長編に対して,17世紀に入り,馮夢竜(ふうぼうりゆう)は《古今小説》(《喩世明言》),《警世通言》《醒世恒言》を著し,凌濛初(りようもうしよ)は《初刻拍案驚奇》《二刻拍案驚奇》を編んだ。いずれも当代の巷説,情話,奇談,怪異をとりあげ,世間や人生の諸相を反映した短編小説集で,総称して〈三言二拍(さんげんにはく)〉と呼ばれた。 こうした白話小説が日本に及ぼした影響は大きく,はやく17世紀ごろから長崎を通して舶載され,江戸は徂徠門,京は古義堂一門の儒学生の間に白話学(唐話学)のブームをもたらした。…
※「三言二拍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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