冥途にあるという川。渡るところが三つあるため,このようにいう。三瀬(みつせ)川,葬頭河(そうずか),渡り川とも称する。亡者が冥途に行く途中で越えねばならないが,川には緩急の異なる三つの瀬があって,生前になした善悪の行為によって渡る場所が異なるという。川の上にあるのを山水瀬(浅水瀬ともいう)といい,水はひざ下までである。罪の浅いものがここを渡る。川の下にあるのは強深瀬(江深淵)といい,流れは矢を射るように速く,波は山のように高く,川上より巌石が流れ来て,罪人の五体をうち砕く。死ねば生き返り,生き返ればまた砕かれ,水底に沈めば大蛇が口を開いてまちうけ,浮きあがれば鬼王夜叉が弓で射る。ここは悪人のみが渡るところである。川のなかほどにあるのを橋渡(有橋渡)という。橋は金銀七宝で造られ,ここを渡れるのは善人のみだという。以上は《地蔵十王経》《十王讃歎鈔》の所説であるが,《地蔵十王経》は偽経である。三途の川のことは,死出の山とともに説かれるが,仏説ではなく,俗説である。三途の川のほとりには衣領樹(えりようじゆ)という大樹があり,その下に奪衣婆(だつえば),懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて,姥は亡者の衣服を奪い取り,それを翁が受け取って衣領樹に掛ける。亡者の生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が異なるという。三途の川を渡るとき,着衣をはぎ取られるという考えが中世にあったのは,《義経記》に〈さんづの河をわたるこそ,着たる物を剝がるるなれ〉と記されていることからもわかる。のちに,この三途の川を渡る渡し賃をもたない亡者がくれば,奪衣婆がその着衣をはぎ取ってしまうと考えられ,死者に渡し賃として六文銭をもたせる習俗が生まれた。頭陀袋のなかに一文銭を6個入れたり,最近でも紙片に六文銭を描いて亡者にもたせる葬送儀礼が行われているが,これは三途の川を無事に渡らせたいとする思いから出たものである。六文銭は俗に〈三途の川の渡し賃〉といい,六道銭ともいう。また,三途の川の深さを測ったり,先に死んで後からくる亡者のために三途の川を導くことを〈三途の瀬踏み〉というが,これが転じて危険なところを探検することの意になった。
→賽の河原
執筆者:伊藤 唯真
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死後7日目に冥土(めいど)の閻魔(えんま)庁へ行く途中で渡るとされる川。この川には三つの渡しがあり、生前の行いによって渡るところが異なることから、三途の川といわれる。三瀬(みつせ)川、わたり川、葬頭河(そうずか)ともいう。川岸には衣領樹(えりょうじゅ)という大木があり、脱衣婆(だつえば)がいて亡者の着衣をはぎ、それを懸衣翁(けんえおう)が大木にかける。生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が違うので、それを見て、緩急三つの瀬に分けて亡者を渡らせるという。この説明は、中国宋(そう)代、または日本の平安時代につくられたといわれる『地蔵菩薩発心因縁十王経(じぞうぼさつほっしんいんねんじゅうおうきょう)』という偽経(ぎきょう)のなかで詳しく述べられるが、仏教本来の説ではない。日本では中世以降にこの俗信が広まり、今日でもなお棺の中に渡銭(わたしせん)を入れるなどの風習がみられる。
[松本史朗]
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