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上野原遺跡 うえのはらいせき

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百科事典マイペディアの解説

上野原遺跡【うえのはらいせき】

鹿児島県霧島市にある縄文早期の集落遺跡。従来,縄文晩期に出現するとされてきた壺形土器や,後期に出現する滑車型耳飾りが出土した。壺形土器は土坑から出土し,胴部に穴をあけたものや,ベンガラを塗ったものなどがあり,煮炊き以外の特殊な用途に使用されたらしい。

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国指定史跡ガイドの解説

うえのはらいせき【上野原遺跡】


鹿児島県霧島市国分川内にある集落跡。錦江湾(きんこうわん)(鹿児島湾)に接した標高約260mの上野原台地に所在する。縄文時代早期前葉から近世までの複合遺跡で、台地の北側で発見された集落跡は約9500年前、縄文時代早期前葉のもので、台地中央から台地北縁にかけて延びる自然の浅い谷を利用した2筋の道に沿って広がり、52軒の竪穴(たてあな)住居群を中心に65基の集石遺構や16基の連穴土坑などが整然と配置され、日本最古、最大規模の定住集落跡といわれている。台地南側からは、縄文時代早期後葉の約7500年前の集石遺構と大型壺形土器、磨製石斧(せきふ)などを埋納した祭祀遺構や15万点におよぶ土器、石器、装身具などが発見され、先進的な縄文文化が開花していたと推定される。この集落跡から出土した土器は、1998年(平成10)に国の重要文化財に、遺跡の一部が1999年(平成11)に国の史跡に指定された。検出された遺構や出土遺物から、食料の調理法が早くから確立し、それらの技術を背景に他の地域に先駆けて縄文時代草創期から安定した社会が営まれていたと考えられている。現在、遺跡周辺は上野原縄文の森と呼ばれる公園として整備されている。JR日豊本線国分駅から車で約20分。

出典|講談社
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