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中国天文学 ちゅうごくてんもんがくChinese astronomy

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中国天文学
ちゅうごくてんもんがく
Chinese astronomy

中国天文学の歴史は,主として暦法の発達史といえる。殷代に,太陰太陽暦がつくられはじめた。周代には平坦な大地と半球形の天を組合せた宇宙論 (蓋天説 ) が展開され,後漢になって渾天説 (こんてんせつ) が現れたが,以後これらの発展はなく,暦法に興味を集中するようになり,数十回にわたって暦の改定が行われている。清朝になって西洋の暦法が輸入され,さらに中華民国1 (1912) 年に太陽暦に切替えられると,再び本格的な天文学の研究も開始された。観測用に古くから用いられた渾天儀は,西洋の四分儀 (→象限儀 ) に劣らぬ精巧なもので,その記録も占星術の必要からよく保存されて,資料として役に立っている。 (→中国暦 )  

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうごくてんもんがく【中国天文学 Zhōng guó tiān wén xué】

中国の歴史時代は殷王朝から始まったが,前1300年ごろからの甲骨文によると,当時すでに太陰太陽暦が行われていた。地面に垂直に立てた棒(ノーモン,中国では〈髀〉もしくは〈表〉という)が落とす太陽の影の長さを測り,冬至や夏至の日を決定し,1年の長さを知った。しかし当時採用された1年や1月の長さは確かめられていない。甲骨文には日・月食の記録やいくつかの星の名がみえる。次の周代にはいると,中国の社会が大変動した春秋戦国時代(前8~前3世紀)になって,天文学も発達した。

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世界大百科事典内の中国天文学の言及

【天文学】より

…このほかには若干の宇宙論のようなものもあったが,あまり大きな発達をみなかった。中国天文学 バビロニアでは中国に比べて,天体位置についての記録が比較的古くから残っている。こうした観測はもっぱら占星術の必要と結びついたものであった。…

※「中国天文学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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