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中村大尉事件 なかむらたいいじけん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中村大尉事件
なかむらたいいじけん

満州事変勃発の一因をなした事件。 1930年陸軍参謀本部員中村震太郎大尉と井杉延太郎曹長が,6月 27日に 洮索地方蘚鄲公爺府で奉天軍所属の中国兵に捕えられ,スパイ容疑で銃殺された。日本は南京政府に抗議し,陸相南次郎はこの機をとらえて満蒙問題を解決するため,武力発動を辞さないと声明した。また陸軍は中国の排日的姿勢の現れとして態度を硬化させ,9月 18日の柳条湖事件を発端に満州事変に突入した。

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百科事典マイペディアの解説

中村大尉事件【なかむらたいいじけん】

1931年6月北満地方をスパイ旅行中の中村震太郎大尉ほか1名が中国兵に殺害された事件。公表されたのは8月。関東軍を中心とする陸軍は,満蒙での武力行使好機として広範な宣伝を開始し,偶発事件として処理しようとした幣原喜重郎外相を攻撃,前後して起こった万宝山事件とともに満州事変勃発(ぼっぱつ)の一因となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

なかむらたいいじけん【中村大尉事件】

1931年陸軍大尉中村震太郎(参謀本部員)一行が満州をスパイ旅行中に中国兵に殺害された事件。参謀本部から対ソ戦略に必要な満州兵要地誌調査の命を受けた一行は身分を偽装し,同年6月上旬北満の洮索(とうさく)地方に潜入したが,蘇鄂公爺(そかくこうや)廟近くの村落で中国屯墾軍第3団(関玉衡指揮)の兵士に捕らえられ,6月27日同大尉と同行の井杉延太郎予備騎兵曹長ら4人が射殺された。事件は,8月17日日本側によって公表され,前後して起こった万宝山事件とともに国内世論を満蒙問題の武力解決の方向にみちびくために利用された。

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大辞林 第三版の解説

なかむらたいいじけん【中村大尉事件】

1931年(昭和6)6月、中国東北部奥地を調査中の中村震太郎大尉が中国軍に殺害された事件。中国への敵対感情があおられ、満州事変の導火線となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中村大尉事件
なかむらたいいじけん

1931年(昭和6)6月27日、満州(中国東北地区)奥地の興安嶺(こうあんれい)方面を調査中の中村震太郎(しんたろう)大尉が同行者とともに中国人に殺害された事件。同年9月の満州事変の準備の一環として、中国敵視、排外熱をあおるために、軍部によって巧みに利用された。参謀本部員であった中村大尉は、農業技師と身分を偽り、同地区において対ソ作戦のための軍事スパイ活動を行ったが、関玉衡指揮下の中国兵に逮捕され、軍事スパイとして処刑された。陸軍省は、7月中旬にこの事件を察知、調査ののち、8月17日にスパイ活動の事実は隠蔽(いんぺい)し、中国軍に殺害されたことのみを発表した。そのためにこの事件は、国民の排外主義をあおるための宣伝材料として、軍部などに大いに利用されることになった。[風間秀人]

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