日本歴史地名大系 「丸亀城跡」の解説
丸亀城跡
まるがめじようあと
城下の南にある
天正一五年(一五八七)豊臣秀吉から讃岐一五万石を封ぜられた生駒親正は、高松城の支城を丸亀に築き子の一正の居城とした。築城は慶長二年(一五九七)開始され、同七年頃完成(生駒記・西讃府志)、同年亀山の北にあった
寛永一七年(一六四〇)の生駒騒動による生駒氏転封後、讃岐は伊予の三藩主が分割して預かり治めた。同一八年西讃岐は山崎家治が五万六七石余で丸亀に入封する。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報