織る前にあらかじめ文様にしたがって染め分けた糸(絣糸)を用いて織り上げた模様織物。製織の技術そのものは単純な平織であっても,経糸(たていと)に絣糸を用いた〈経絣〉,あるいは緯糸(よこいと)に絣糸を用いた〈緯絣〉,また経・緯両方に絣糸を用いた〈経緯絣〉によって多様な文様を織り出すことができる。このため古くから世界の各地で行われた。日本での〈かすり〉という名称は,織り出された文様の輪郭が絣糸の乱れによって,かすれたように見えることから名づけられたとされている。中国の〈飛白〉やヨーロッパで用いられるフランス語の〈シネchiné〉(まだらの意)などの名称も,同じ理由による。しかし今日では世界共通の染織用語として,〈結ぶ〉とか〈縛る〉を意味するマレー語のイカットikatという言葉が一般的に用いられる。
日本で絣織が飛躍的に発達するのは江戸時代中期以降,とくに後期から明治にかけてである。遺品のうえでは7~8世紀の法隆寺や正倉院伝世の裂(きれ)のなかに〈広東錦(カントンにしき)〉と称される絣織の存在が知られている。これらは木目(もくめ)形や人物文をつらねた多彩な絹の経絣である。しかし〈広東錦〉はその文様意匠が日本的でないこと,また技術的にも相当高度であること,さらにそうした技術が奈良時代以降の日本に根づいていないことなどから,渡来品であると考えられている。平安時代には絣糸を装束の平緒の唐組(からぐみ)などの組紐に使った例が認められる。室町時代中期以降になると絣糸による織物が熨斗目(のしめ)風な腰替りや,段文様の小袖などに見られるようになる。この絣は今日俗に〈締切(しめきり)〉といわれている手法で,織幅いっぱいの経糸をまとめて縛って染め分け,織るときに経糸の染分けに従って同色の緯糸を織り込む,いわば織幅いっぱいの経緯絣である。このような手法はその後,能装束の段織や武家の裃の下に着る熨斗目などにさかんに利用されている。しかしこうした〈締切〉絣は,あくまでも絵画的で複雑な模様織の背景をなす地の部分を色替りにする程度にしか利用されず,それ自体が絵画的な文様絣の発展へとは直接結びつかなかったようである。したがって江戸時代以降にみられる多様な絣織物の発達には,沖縄などを経てもたらされたインド,インドネシアなどの外来の絣織物の影響がきわめて大きかったと考えられる。そしてひとたびこれが日本に伝わると,外来の絣を日本独特の染織工芸技術と結びつけ,各種の技法による絵絣にまで発達させた。また地方によって異なる素材や技術を生かして各地で独特な絣が生まれた。久留米絣の井上伝,伊予絣の鍵谷カナといった江戸時代に絣織を創始したといわれる人々は,各地に育ち始めた素朴な技術を,その地方独自のものに完成した。明治に入るとしだいに量産性と合理性が加わり,工業化・機械化も推し進められていった。今日,日本は世界一の絣王国といわれ,生産量や技術の多様性において,他の追随を許さないといわれる。絣糸をつくる技術も〈結ぶ〉〈縛る〉といった素朴な防染技法から捺染に至る多様な技法がとられている。
(1)〈括(くく)り絣〉 糸で括って防染する方法。最も基本的な技術として古くから行われてきたもの。しかし今日ではその代用として以下のような技法が行われている。(2)〈織締(おりしめ)絣〉 細かい十字絣などの場合に用いられる技法で,織締機(おりしめばた)に太い木綿糸を経糸として掛け,緯糸を10~20本束ねて仮織し,染め上げる。染色後これをほぐすと,緯糸は経糸との重なりの部分が白く染め抜かれて絣糸となる。(3)〈板締絣〉 板締絞の技法を糸染に応用したもので,束ねた糸を左右から板で締めあげて防染し,染めて絣糸をつくったもの。(4)〈摺込(すりこみ)絣〉 あらかじめ整経した糸に染料をへらで摺り込んで染める方法。括り染した糸に部分的に行われる場合が多い。(5)〈捺染絣〉 型紙による捺染を糸に応用して絣糸をつくる方法。
沖縄の琉球絣,九州の大島紬,薩摩絣,久留米絣,四国の伊予絣,本州では広島県の備後絣,鳥取県の倉吉絣,島根県の広瀬絣,奈良県の大和絣,石川県の能登上布,新潟県の小千谷縮,埼玉県の所沢絣,群馬県の伊勢崎銘仙,茨城県の結城紬,栃木県の足利銘仙,山形県の米沢琉球などであり,木綿,苧麻,あるいは絹の材質を生かした特色ある絣を産出している。
→イカット
執筆者:小笠原 小枝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
加寿利、飛白、纃などの字に書くこともあるが、現在では「絣」をあてるのが普通である。この絣とは、模様がかすったようになることからつけられたという説と、琉球(りゅうきゅう)絣をカシィリィということから、これが語源であるとする説とがあるが、まだいずれとも確言しうるに至っていない。欧文表記としてはインドネシア語のイカットikatをそのままあてている。技法からみると、防染技法による模様染めの一つであり、糸の段階で部分的に染色したのち織り上げ、その後模様を表すものである。
絣の起源は、インドの所産といわれているが、古い時代の遺品が少ないため、なんとも確言しがたい。ただインドのアジャンタ壁画のうち、7世紀ごろの天井壁画のなかに、着衣の模様に絣らしいものがみられること、日本でも法隆寺裂(ぎれ)に、太子間道(たいしかんどう)(広東錦(カントンにしき)ともいう)といわれる経(たて)絣があって、古くから絣が使われていたことを物語っている。この技法がインドから各地へ伝播(でんぱ)したものか、独立的に発生したかは不明であるが、エジプト、ペルシア、インドネシア、メキシコ、ペルーなど世界各地に特色のある絣を生んだ。とくに東南アジアのイカット(絣)はよく知られている。日本では、中世から近世にかけて、段染め、手綱(たづな)染め、熨斗目(のしめ)という大きくだんだらに染める方法がとられ、単純化の方向へと進んだが、近世中期ごろから庶民の間に普及した木綿とともに絣技法が展開していった。その伝播経路は、南方の琉球からしだいに北上していき、それが各地の木綿生産地に伝わった。この展開過程において、絹・麻系統へも摂取されたし、初め簡単な十字、霰(あられ)などの模様であったものが、しだいに複雑な絵絣まで織り出すこととなった。その最盛期は比較的新しく、明治時代に入ってからである。
絣は大別して、防染によるものと捺染(なっせん)によるものとに分けられる。また構成糸の染色方法により、経(たて)絣、緯(よこ)絣(緯総(よこそう)絣)、経緯絣に分けられる。絣糸をつくる方法は、表出される図柄の違いや、各地の生産事情により異なるが、麻糸・綿糸(合繊糸をも含む)などで、まえもって絣つけした部分をくくる「手くびり」、締(しめ)機を使い、織物の緯糸を防染する部分だけ堅く織りつける「織締(おりしめ)」、文様を彫り込んだ2枚の板の間に絣糸を入れて防染する「板締(いたじめ)」がある。また、絣は防染技法を伴っているという原則からは外れるが、経糸あるいは緯糸を仮織りした布面に型染めし、それを織る方法がある。そのうち経糸に捺染したものは「解織(ほぐしおり)」という。同じように絣つけをしたのち、刷毛(はけ)、ブラシ、ときには簡単な絣つけ道具で染料を摺(す)り込み絣をつけるものを「摺り込み絣」という。最近の染色技術は、織物の上に絣柄をそのまま捺染でき、外観上なんら絣と変わらないものまでつくりだせるので、追加される技法かもしれない。
絣の文様は、染色技法に制約を受けて輪郭部分は、いわゆる絣あしというぼやけたものとなり、独特の雅味を呈するのが特徴である。経あるいは緯、そして経緯の絣糸を製織により文様構成させるので、単純な霰のようなものから、十字、井桁(いげた)、亀甲(きっこう)、矢柄、模様絣(絵絣)など種類が多い。経緯絣のように柄合わせのむずかしい複雑な絣は、インドネシア、バリ島のグリンシンにもみられるが、日本の各地に多くつくられた。世界各地にみられるものは、イカットのように経絣のものが多く、その地域独自の民族的特徴をもつ図柄を表現している。
現代における絣の主要な生産地はインド、インドネシア、グアテマラで、その伝統は失われていない。日本の絣の生産は、木綿の生産地におこり、絹、麻、絹綿交織へと展開した。したがって綿では久留米絣(くるめがすり)、伊予絣、備後絣(びんごかすり)など、絹では琉球絣、結城紬(ゆうきつむぎ)、大島紬などがあり、また麻では越後上布(えちごじょうふ)(小千谷縮(おぢやちぢみ))、能登(のと)上布などにみられる。
用途は、発展理由からみて庶民の衣料として普及し、明治から大正にかけて着尺地に盛んに使われたが、最近では紺絣は農家の仕事着に限定され、複雑な絣柄は高級品に使われ、用途も分化している。しかし絣はあくまでも普段着であり、正式の着物とはなりえない。
[角山幸洋]
『Alfred BühlerIkat, Batik, Plang (1972, Phavous-Verlag Hansrudolf Schwabe AG, Basel)』▽『織田秀雄著『絵絣』(1977・岩崎美術社)』
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…世界各地の〈絣〉を総称する用語。語源はマレー語の〈縛る〉とか〈括(くく)る〉を意味するムンイカットmengikatである。…
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