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井上通泰 いのうえ みちやす

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美術人名辞典の解説

井上通泰

歌人・国文学者・眼科医・医学博士。姫路生。松岡操の三男、柳田国男・松岡静男・松岡映丘の兄。号は南天荘。万葉集の研究に業績がある。御歌所寄人・宮中顧問官をつとめた。国学者の柳田国男・画家の松岡映丘は実弟。昭和16年(1941)歿、76才。

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デジタル大辞泉の解説

いのうえ‐みちやす〔ゐのうへ‐〕【井上通泰】

[1866~1941]国文学者・歌人。兵庫の生まれ。柳田国男の兄。御歌所寄人(よりうど)。宮中顧問官。著「万葉集新考」「播磨風土記新考」など。

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百科事典マイペディアの解説

井上通泰【いのうえみちやす】

歌人,国文学者,眼科医。兵庫県姫路の生れ。松岡家の三男。弟に柳田国男松岡静雄松岡映丘がいる。帝国大学医科大学(現,東京大学)卒。1877年,医師井上碩平の養子となる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井上通泰 いのうえ-みちやす

1867*-1941 明治-昭和時代前期の医師,歌人。
慶応2年12月21日生まれ。柳田国男,松岡静雄,松岡映丘(えいきゅう)の兄。岡山医専教授などをへて,明治35年東京で眼科医を開業。和歌を松波資之(すけゆき)にまなび,森鴎外(おうがい)らとまじわる。40年御歌所寄人(よりゅうど)。貴族院議員芸術院会員。昭和16年8月15日死去。76歳。播磨(はりま)(兵庫県)出身。帝国大学卒。旧姓は松岡。号は南天荘。著作に「万葉集新考」「南天荘歌集」など。

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大辞林 第三版の解説

いのうえみちやす【井上通泰】

1866~1941) 国文学者・歌人。兵庫県生まれ。実弟に柳田国男・松岡映丘らがいる。号、南天荘。帝国大学医科大学卒。眼科医であったが、早くから和歌を学び桂園派歌人として知られる。著「南天荘歌集」「万葉集新考」「播磨風土記新考」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

井上通泰
いのうえみちやす

[生]慶応2(1866).12.21. 姫路
[没]1941.8.15.
国文学者,医師。号,南天荘。東京大学医科卒業。東京で開業医となり,かたわら風土記を研究。景園派の歌人でもあった。 1907年御歌所寄人。弟に柳田国男,松岡静雄がいる。著書『万葉集新考』 (1928~29) ,『播磨国風土記新考』 (1931) など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

井上通泰
いのうえみちやす
(1866―1941)

歌人、国文学者。姫路に生まれる。原姓松岡。実弟に民俗学者柳田国男や画家松岡映丘(えいきゅう)がいる。医師井上碩平の養子となり、帝国大学医科を卒業、眼科医として名をなす。一方、松波資之(まつなみすけゆき)などに師事し、清新、典雅な桂園(けいえん)派の歌人としても知られ御歌所寄人(おうたどころよりうど)にもなった。森鴎外(おうがい)らとも交友があり、ともに歌会常磐会(ときわかい)をおこす。歌集に『南天荘(なんてんそう)歌集』(1926)などがあるが、晩年は『万葉集』や「風土記(ふどき)」の研究に没頭、『万葉集新考』などを刊行した。[大屋幸世]
『井上通泰著『豊後風土記新考』(1974・臨川書店)』

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世界大百科事典内の井上通泰の言及

【於母影】より

…1889年(明治22)8月2日《国民之友》第58号の綴込み夏季付録として発表された。訳者は〈S.S.S.〉(新声社の略),メンバーは森鷗外,小金井良精夫人で鷗外の妹喜美子,落合直文,市村瓚次郎(さんじろう),井上通泰。鷗外の翻訳作品集《水沫集(みなわしゆう)》(1892)に再録するときに2編を加えて全19編となった。…

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