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鎌倉大番役 かまくらおおばんやく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鎌倉大番役
かまくらおおばんやく

鎌倉大番ともいう。鎌倉幕府の御家人役の一種で,侍所に属し,幕府の警衛の任にあたった。源頼朝の時代から「関東番役」などの名のもとに存在したが,制度的に整ったのは鎌倉時代中期で,この頃から京都大番役に対して鎌倉大番役の名が使われた。嘉禎1 (1235) 年には,遠江以東 15ヵ国の御家人におのおの1年の番役勤務を命じている。元弘3=正慶2 (1333) 年,幕府滅亡とともに廃絶。 (→大番役 )  

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デジタル大辞泉の解説

かまくら‐おおばんやく〔‐おほバンヤク〕【鎌倉大番役】

鎌倉幕府御家人役の一。遠江(とおとうみ)以東15か国の御家人が交代で鎌倉に上り、幕府の警備および諸門の警固にあたった。鎌倉大番。関東番役。

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百科事典マイペディアの解説

鎌倉大番役【かまくらおおばんやく】

鎌倉期の幕府諸門警固のための御家人役の一つ。源頼朝の時代から類似の役はあったが,大番役の名称が用いられるようになったのは,1219年藤原頼経の下向以後。1225年には宿侍(とのいざむらい)の制が定められた。
→関連項目御恩・奉公参勤交代

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世界大百科事典 第2版の解説

かまくらおおばんやく【鎌倉大番役】

鎌倉時代の幕府諸門等警固のための番役。単に鎌倉番役ともいう。源頼朝の代から侍所の統轄の下に,関東番役または当番と称して御家人が交替で警固に当たる役はあったが,大番の名称が用いられるようになったのは1219年(承久1)藤原頼経下向後のことである。またその制度の整備は,21年の承久の乱後の京都大番役の制度の整備に対応するもので,25年(嘉禄1)には宿侍の制が整えられた。東小侍に伺候する北条氏以下然るべき御家人は代官を派遣し,西侍には遠江以下東国15ヵ国が,1年12ヵ月を分限の多少に応じ1~2ヵ月ずつ交替で勤番することにし,これを大番と称したのである。

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大辞林 第三版の解説

かまくらおおばんやく【鎌倉大番役】

鎌倉幕府の御家人役の一。幕府の警備・諸門の警固などを交代で御家人に課したもの。鎌倉番役。関東番役。

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世界大百科事典内の鎌倉大番役の言及

【番】より

…この大番役の負担は時代と所領規模によって異なるが,中期には12番編成,1番6ヵ月勤務が原則であった。御家人の公的負担は主として警固番役の形式をとり,番役としては,ほかに,東国御家人がおもに勤めた鎌倉大番役(12番編成,1月勤番),蒙古襲来を機に新設された九州の武士の異国警固番役(4番編成,3月勤番),中国地方の御家人が主となった長門警固番役などがあり,また西国に所領をもつ特定の御家人は在京人として京都に常住し,六波羅探題の指揮下で篝屋(かがりや)番や大楼宿直(たいろうとのい)番などを勤めた。また東国の由緒ある特定の御家人は原則として鎌倉に常住し,小侍所に属して宿直番(小侍番・小番,6番・1日1夜勤務)を勤め,近習番,申次番,廂(ひさし)番,格子上下番などの御所内諸番役に当たった。…

※「鎌倉大番役」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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