広くは企業活動に関する公表されていない情報で,企業が公表を欲しないものをいうが,一般にはそのうち経済的価値を持つ情報をいう。技術秘密および営業秘密がこれにあたり,英米でtrade secretといわれるものに相当する。企業秘密が企業の活動を支える重要な基礎をなすことはまれではない。個々の経済主体の創意くふうによって国民経済全体の発展を期待する自由競争経済制度のもとでは,企業秘密は法的保護を必要とする利益であり,これを包括的に保護する法律を持つ国もある。しかし他方では,企業活動が社会全体に対して多くの重要な影響を与えるものとなっている現在,その保護が企業に対する責任追及を阻む壁となってしまうことも妥当ではない。法的保護には慎重な考慮が要請されるところである。
企業秘密の漏示,不正使用,探知行為が財産上の損害を企業に与えたときには,不法行為として損害賠償義務が生ずる(民法709条)。しかし,刑事法上は民事法ほど包括的な保護を企業秘密に与えているわけではない。企業活動に関する各種の監督・調査を行う公務員,委員などが,その一般的な守秘義務に違反して自己の知りえた企業秘密を漏示したときに処罰する規定は多い(国家公務員法100条,109条12号,地方公務員法34条,60条2号,公害紛争処理法17条1項,51条,労働安全衛生法57条の2-5項,57条の3-5項,119条1号等)。しかし,企業内部の従業員,役職者の秘密漏示,不正使用行為そのものを処罰する規定は存在しない。それが,企業の所有する機密資料持出しの方法によって行われたときには,窃盗罪(刑法235条),横領罪(252条,253条)が成立し,その資料を譲受けなどした企業秘密探知者には盗品等に関する罪(256条)が成立する。だが,企業秘密の内容を口頭で外部に漏示し,あるいは機密資料を自分でコピーして外部に譲り渡すというような財物の移動のない場合には,現行法で処罰することはできない。それによって当該企業が財産的損害をこうむっても,当該行為は〈偽計〉〈威力〉でないから業務妨害罪(233条,234条)は成立しない。背任罪(247条)が成立するという見解もあるが,高度の秘密保持義務を負う役職員のみがそこでいう〈他人のためにその事務を処理する者〉たりうるというのであるから,この見解によっても一般従業員が処罰されることはない。
そこで改正刑法草案は産業スパイに効果的に対処するため,〈企業の役員又は従業者〉〈これらの地位にあった者〉が〈その企業の生産方法その他の技術に関する秘密〉を漏示する行為を処罰する規定の新設を提案した(318条)。だが,この〈企業秘密漏示罪〉新設に対しては,〈薬害,公害,欠陥商品等に対する企業内部からの告発を犯罪とするものである〉,〈ジャーナリストの関与も共犯とされ処罰されてしまう〉,〈退職者をも処罰することは転職の自由を阻害することになる〉などの理由から反対が強い。なお,行為が企業の不正行為を追及するために必要な手段であるときには,行為には違法性がなく,民事・刑事の責任を生じさせないことはいうまでもない。
他方,証拠を収集する権限を有する裁判所,国会,各種の行政委員会に対して,企業秘密の提出・開示を,制裁を受けることなく拒否しうるかも問題である。民事訴訟法(197条1項3号)によれば,〈技術又は職業の秘密に関する事項〉については証人は証言を拒絶することができ,文書提出命令にもこの趣旨が適用されることが認められている(220条4号ロ,223条3号)。しかし,企業秘密であることの一事をもってこれらの拒絶権が生ずるのではなく,訴訟目的との関連においてそれを認めても不当でない場合に限られるというのが,一般的な見解である。そのほかの法律にはこのような規定は存在しないが,それらにおいては〈正当な理由〉のない拒否のみを処罰することになっている以上(刑事訴訟法150条,151条,議院証言法7条,公害紛争処理法53条等),やはり民事訴訟法の場合と同じように考えるべきことになろう。情報公開制度の立法化にあたっても,企業秘密をどのように扱うかは重要な問題となっている。
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執筆者:町野 朔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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