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伊那[市] いな

百科事典マイペディアの解説

伊那[市]【いな】

長野県中南部,伊那盆地(伊那谷)北部と周辺山地および三峰川流域一帯を占める市。飯田線,中央自動車道が通じる。1954年市制。天竜川右岸の中心市街はかつての三州街道伊那部宿で,甲州街道とは金沢街道,木曾街道とは権兵衛街道で連絡した要地。
→関連項目高遠藩

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世界大百科事典 第2版の解説

いな【伊那[市]】

長野県南部,伊那盆地北部の中心都市で,天竜川と三峰(みぶ)川の合流点に位置する。1954年伊那町と富県,美篶,手良,東春近,西箕輪の5村が合体,市制。人口6万2250(1995)。江戸時代は伊那街道,権兵衛街道の宿場町,天竜川通船の河港の町として発達した。1879年郡役所が設置されて以来,それまで上伊那地方の中心をなしていた城下町の高遠(たかとお)町にかわって,行政・経済の中心地になった。天竜川の河岸段丘が広く,諏訪湖の水を引いた西天竜用水によって水田がひらかれている。

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世界大百科事典内の伊那[市]の言及

【長野[県]】より

…江戸末期には松本藩,飯田藩,高遠(たかとお)藩,高島藩(諏訪藩),田野口藩(後に竜岡藩と改称),松代藩,須坂藩,飯山藩,岩村田藩,小諸藩上田藩の諸藩が分立しており,木曾は尾張藩領で,そのほかにも天領,旗本領,寺社領などが入り組んでいた。1868年(明治1)伊那県が置かれて,尾張藩の所管となっていた旧天領,旗本領などを支配下に置き,翌年三河県を併合(1871年額田県に編入),70年には一部を割いて中野県を設けた。71年廃藩置県によって各藩は県となり(竜岡藩は直前に廃藩して伊那・中野両県へ分属),同年伊那,松本,飯田,高遠,高島の5県と高山県(飛驒)は筑摩県に,長野(中野県を改称),松代,須坂,飯山,岩村田,小諸,上田の7県は長野県に統合された。…

【百姓稼山】より

…この稼山製品には山役人の検木と,採材量に応じた運上の負担が義務づけられていた。類似の稼山は木曾,伊那の御林山にも見られたが,その多くは臨時的に行われる〈御救山(おすくいやま)〉であったことと,出願者が村単位であった点に多少の相違が見られる。【所 三男】。…

※「伊那[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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