伊那盆地(読み)いなぼんち

日本大百科全書(ニッポニカ)「伊那盆地」の解説

伊那盆地
いなぼんち

長野県南部、天竜川に沿う狭長な盆地。慣用的に伊那谷とよばれることも多い。西は木曽山脈(きそさんみゃく)で、東は伊那山地で限られ、この間の東西の幅は5キロメートル内外しかない。標高は北部で700メートル、南部で400メートル。盆地は北端辰野(たつの)町から南は飯田(いいだ)市の天竜峡までで、この南方は南西方向へ向かう赤石山脈で限られるので、盆地の入口は地形的には北方だけしかない。南北の長さは60キロメートルほどある。平地は天竜川の形成した6~7段の河岸段丘と、西側はこのに流出した天竜川の大小の支流の形成する扇状地からなる。昭和40年代初期までは工場の進出も少なく、二十世紀ナシとリンゴ、酪農、養蚕などの行われる農村であり、北端から入る袋小路的な性格をもっていた。昭和50年代からは、中央自動車道が南北に縦貫し、名古屋方面との連絡が密接になった結果、工場や大型商店、ホテルなども進出している。北半部の中心都市は伊那市で南半部は飯田市である。

[小林寛義]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「伊那盆地」の解説

伊那盆地
いなぼんち

長野県南部,天竜川に沿う細長い盆地。北は辰野町,南は飯田市の天竜峡の間で,長さ約 70km,幅約 5km。木曾山脈と伊那山地にはさまれる。天竜川の堆積作用と地盤の間欠的隆起により両岸に河岸段丘が発達。右岸は木曾山脈の急な断層崖に広い複合扇状地が発達している。天竜川支流の太田切川,中田切川,与田切川などが扇状地,段丘を浸食して,いわゆる田切りの地形をつくっている。降水量は夏季に多く,夏冬の気温差が大きい。四季を通じて南,北風が多いため,家屋は東,西向きで,南,北側には屋敷林があるものが多い。段丘面は乏水性のため第2次世界大戦前は用水路による開田地のほかは桑園が卓越していたが,戦後はナシ,リンゴの栽培に移行。天竜川沿いの一部は天竜小渋水系県立自然公園に属する。

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百科事典マイペディア「伊那盆地」の解説

伊那盆地【いなぼんち】

長野県南部,木曾山脈と伊那山地にはさまれた天竜川流域の谷盆地。伊那谷とも。段丘と氾濫(はんらん)原,支流の扇状地からなり,長さ約60km,幅約4〜10km。かつて養蚕,製糸,織物(おこん縮緬(ちりめん))が盛んであったが,近年はナシ,リンゴの果樹栽培と精密機械工業が発達している。西天竜用水による水田化もみられる。右岸には三州街道(伊那街道ともいい,ほぼ現在の国道153号)が通じ,近世中馬(ちゅうま)運送が活発であった。中央自動車道,飯田線が通じ,伊那市,駒ヶ根市,飯田市などの市街が発達する。
→関連項目飯島[町]空木岳駒ヶ岳(長野)高森[町]辰野[町]長野[県]松川[町]箕輪[町]

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精選版 日本国語大辞典「伊那盆地」の解説

いな‐ぼんち【伊那盆地】

長野県南部、木曾山脈と赤石山脈にはさまれた南北に細長い盆地。天龍川の浸食によりできた地形で、河岸段丘が発達している。南端天龍峡がある。伊那谷。

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デジタル大辞泉「伊那盆地」の解説

いな‐ぼんち【伊那盆地】

長野県南部、天竜川に沿って南北に細長く伸びる盆地。古くから養蚕地帯として知られる。伊那谷。

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世界大百科事典 第2版「伊那盆地」の解説

いなぼんち【伊那盆地】

長野県南部,赤石山脈の前山である伊那山地と木曾山脈にはさまれた地溝盆地。地元では古来伊那谷と呼ぶ。北端の辰野町から南端の飯田市の天竜峡まで南北60kmにおよぶが,東西の幅は4~15kmほどとせまく,標高は400~800mにわたっている。古代には東山道が通ったが,近世には中山道からはずれ中馬(ちゆうま)運送による商業が発展した。盆地の中央を天竜川が流れ,東西の山地から三峰(みぶ)川,小渋川,遠山川松川など多くの支流が合流している。

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