平安後期の絵巻。三巻。国宝。『伴大納言絵巻』ともいう。866年(貞観8)春に起きた応天門の放火事件に題材を得たもの。時の大納言伴善男(とものよしお)が政敵の左大臣源信(まこと)を失脚させるため、京の重要な門の一つである応天門に火を放ち、その罪を源信に負わせるが、かえってその陰謀が露見し、失脚するという顛末(てんまつ)が説かれる。この説話は『宝物集』や『宇治拾遺物語』にもほぼ同じ内容のものが収録されている。絵巻はもと長大な一巻であったとみられるが、現在は三巻からなり、上巻は応天門炎上と、清涼殿に参じ事件の真相糾明を唱える藤原良房(よしふさ)、中巻は天に無実を訴える源信、真相暴露のきっかけとなった子供の喧嘩(けんか)、下巻は放火現場の目撃者である舎人(とねり)の召喚取調べ、流罪となった伴大納言の護送が描かれる。各段の長い連続画面を利して、次々に展開される事件の推移をときに異時同図法などを交えて巧みにとらえた構成力は、同時代の『信貴山(しぎさん)縁起』とともに特筆される。
描写は闊達(かったつ)な筆線で図様した上に濃厚な色彩を用い、随所に鮮麗な賦彩を織り込んだ明快な色調が全巻を支配している。登場人物は天皇、公卿(くぎょう)から路傍の庶民に至る各層を表現法を変えて描き分け、姿態、表情も的確にとらえている。とくに火事場や喧嘩に集まる見物人の群像描写にみるべきものがあり、また検非違使(けびいし)などの風俗表現の正確さも指摘できる。洗練された優れた筆技は宮廷画所(えどころ)の正統様式の伝統を伝え、筆者は、12世紀中ごろから後半にかけて後白河(ごしらかわ)上皇の周辺で活躍した常磐光長(ときわみつなが)と伝えられ、詞書(ことばがき)は藤原教長(のりなが)説が有力視されている。火災に出動する検非違使随兵の騎馬するありさまなどから、およそ1170年(嘉応2)前後の制作と考えられる。中世以降若狭(わかさ)国(福井県)新八幡(はちまん)宮に伝わり、のち領主酒井家の所有となるが、現在は東京・出光(いでみつ)美術館蔵。
[村重 寧]
『小松茂美編『日本の絵巻2 伴大納言絵詞』(1987・中央公論社)』▽『田中一松編『新修日本絵巻物全集5 伴大納言絵詞』(1976・角川書店)』
平安時代の絵巻。866年(貞観8)応天門に放火して,その罪を政敵である左大臣,源信(みなもとのまこと)に負わせようとした大納言伴善男(とものよしお)(809-868)の陰謀が偶然のことから露顕し,逆に伴大納言が失脚するという史実(応天門の変)を,ドラマティックに脚色して描いた説話絵巻の代表作。12世紀後半,後白河院周辺で活躍した宮廷絵師常盤光長の作と推定される。現在,上中下3巻に分かれているが,当初は1巻の長大な絵巻で,中世には若狭国松永荘(福井県小浜市とその周辺)の新八幡宮にあったといわれるが,現在のどの八幡社にあたるかは不明である。江戸時代になって領主酒井家に伝えられ,現在は出光美術館が所蔵。
現在,上巻の詞書を欠くが,中,下巻の詞書は,この後13世紀に成立した《宇治拾遺物語》巻十に収録されている説話(〈伴大納言応天門をやく事〉)とほぼ同一で,その簡潔明快な文体をうけて画面もまたスピーディに事件を展開させている。画家の視点はつねに一定の高さにおかれ,樹木や霞によって自然に区切られた各場面が次々によどみなく繰り出されていく。上巻で,炎につつまれた応天門目ざして驚き駆けつける検非違使(けびいし)の役人や群衆の,流れるような動きを長大な画面に収めて物語への導入とし,中巻では,馳せつける赦免の使いをまず描き,伴善男に讒訴(ざんそ)された源信邸の悲歎が喜びに変わることを暗示する手法や,子どものけんかから真相が暴露されていく過程を描き出すたくみな演出法など,その絵画表現は計算され尽くした高い完成度を示している。とりわけ細やかな筆致で,貴賤さまざまな登場人物の姿態や表情を生き生きととらえ,各人物の心理を有機的に結び合わせて事件の推移を的確に視覚化していく,画家の人間洞察の鋭さやすぐれた構想力は,他の追随を許さぬものがある。画風は描線を生かしながら適度に鮮やかな彩色を施し,線描中心の表現と作絵(つくりえ)式表現とがたくみに組み合わされ,格調の高い美しい場面がつくり出されている。風俗,特に検非違使や随兵の正確な表現もこの絵巻の特色で,作者を光長とする根拠ともなっている。
執筆者:田口 栄一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…これに対して連続式は,いくつもの情景を連続させて長い場面を構成するもので,時間的に展開していく話の筋を追うのに適している。《信貴山縁起》《伴大納言絵詞》などがこのタイプの代表作である。段落式絵巻の画面は静止的で,鑑賞者と作品のふれあいはより緊密なものとなり,多くの場合,細密画的手法がとられる。…
…善男自身が能吏であり,良吏の誉れ高かった紀夏井(きのなつい)も縁坐したことから,当時急速に進出していた良官能吏のグループを,応天門炎上事件を利用して,良房らが排除しようとした疑獄事件の性格がつよい。この事件を素材とした絵巻として《伴大納言絵詞》がある。【佐藤 宗諄】。…
※「伴大納言絵詞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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