催奇形性物質(読み)さいきけいせいぶっしつ(その他表記)teratogens

改訂新版 世界大百科事典 「催奇形性物質」の意味・わかりやすい解説

催奇形性物質 (さいきけいせいぶっしつ)
teratogens

生体に作用して胎児や新生児に奇形を発生させる物質を催奇形性物質または催奇性物質という。奇形が発現する機序については,遺伝子突然変異,染色体異常,核酸代謝異常,細胞膜異常,酵素の阻害欠損,栄養やエネルギーの欠乏などが考えられ,このような変化に伴って細胞の死亡,細胞内の代謝や形態的分化の障害が起こり,奇形につながるものと考えられている。したがって男性側の精子に障害が起こされた場合に,女性側の卵子が健常な場合でも,受精が成立するときは奇形児が生まれることも理論上ありうるが,現実に催奇形性物質が問題となるのは,妊娠が成立してから各種の物質が母体に作用した結果奇形を発生する場合である。また,生体に作用した化学物質催奇形作用が重視されるのは,その物質が母体に障害を現したために二次的に胎内胚芽や胎児に障害を及ぼす場合よりも,母体への害作用がないのにもかかわらず子に形態異常(奇形)を起こさせる場合であり,催奇形性物質の定義を後者に限って用いることが多い。

 ある物質が妊婦に摂取された場合の奇形発現には接触時期が問題であり,全妊娠期間を通じて同じ催奇形性が現れるものではない。胎児側の感受性が最も大きく危険視される期間は,着床後の18~20日から55~60日までの間の器官形成期(感受期)であり,とくに30日以前に感受性の最大となる時期がある。妊娠初期は薬物摂取に注意が払われるべき期間でもあり,この時期を過ぎて胎児の器官形成がほぼ終わって器官や組織が成熟する時期に入ると,いろいろの物質を与えても奇形発現頻度は急激に低下する。

 ヒトにみられる発生異常の原因のうち約70%は未知のもので,医薬品や環境化学物質に由来する奇形発現は約2~3%と考えられている。医薬品のうちではサリドマイドのほか抗腫瘍ホルモン剤や抗てんかん剤のある種のものに疫学調査で催奇形性が認められているほか,環境化学物質では有機水銀類なども同様である。これらの化学物質の催奇形性を推測するために,妊娠動物の感受期に諸物質を投与したうえで胎児の検査を行い,催奇形作用の有無を調査する。しかし化学物質の催奇形性にも他の場合と同じような種差がみられ,実験動物で得られた成績をそのままヒトにあてはめることは困難なため,医薬品などでは妊娠期の使用上の(医師に対する)注意を加えてあるものが多い。たとえば,ヒトにおける催奇形性が明らかにされた医薬品については,〈妊娠中に本剤を単独,または併用投与された患者のなかに,奇形児を出産した例が多いとの報告があるので,妊婦または妊娠している可能性のある婦人には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断された場合にのみ投与する〉と記載し,このほか,動物実験で催奇形性や胎児に対する致死作用その他の毒性を認めた場合は,その旨を明記し,その使用による奇形発現を未然に防ぐような注意が払われている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の催奇形性物質の言及

【奇形】より

…一方,後者によるものも多数存在し,化学物質,放射線,感染など,さまざまな化学的・物理的・生物的因子が奇形を誘発する。このような奇形を誘発する因子を催奇形性因子,物質を催奇形性物質と呼んでいる。これらのおもなものには,サリドマイドによるアザラシ肢症(薬剤ないし化学物質)や,原子爆弾症による小頭症(放射線),風疹による先天性心臓奇形(感染症)などがあげられる。…

※「催奇形性物質」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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